第24話 彼らはどこから来たのか
夜間奇行病で亡くなった村人たちは、その原因がわかっていなかった。
死体に触れたら病気になるのか、飛沫感染、それとも何かに噛まれたらとか、傷口からだとか、何かを飲んだりしたりするのか……全くわからないため、死体は火葬され、埋葬されている。
もともとこの村は火葬の風習だ。
先ほど慧臣を置いてきたあの屋敷の裏側に川が流れており、橋を渡るとその先は墓地になっている。
死者が蘇ると噂になっているなら、火葬されてしまっては蘇ることはできないはずである。
肉体がないのに、死者が蘇るとはいわないだろう。
そうなると、彼らはどこから来ているのか。
地隆村には十年人が住んでいない。
人が住んでいないのだから、火葬する遺体もない。
それが、どういうわけか清で最近流行っている怪奇小説に登場する
わからないことは山ほどある。
日が落ちるギリギリまで、すべての家を見て回ったが、生きた人間も死体も、動物の類も何も見つからなかった。
「そろそろ、戻るか」
「せやな。あとは明日————」
慧臣を置いて来た屋敷にそろそろ戻ろうと、暗くなって来たので李楽は提灯に明かりをつけようとした。
「ちょっと、待ってください。明かりはつけないで」
しかし、なんだか妙な気配を感じて、藍蘭がそれを止める。
「ん? なんだ、どうした? 藍蘭」
「静かに! 聞こえませんか? この妙な音」
令月も李楽も、黙っていろといわれたので、二人とも言葉を発せずに辺りを見回していると、遠くの方から、確かに何か音が聞こえて来る。
————トン……トン……トン
足音のようだが、歩いているというよりも、一定の速度で飛び跳ねているような音だった。
さらには、「はぁはぁ」と、荒い息遣いも聞こえ始める。
この村には、自分たち以外の人間はいない。
声が聞こえて来た方角は、慧臣がいる屋敷の方。
慧臣かもしれないと最初は思ったが、その数がどう考えても一人ではなかった。
複数人の人影が、上下に飛び跳ねながら三人の方へ向かって迫ってくる。
月明かりの下、その姿を見て令月も李楽も唖然とする。
彼らの姿は、先ほどの資料の中にあった、両手を前に出して徘徊している『夜間奇行病』の患者の絵によく似ていたのだ。
彼らは大きく口を開け、まるで犬か狼のような獣のような牙を丸出しにして、襲いかかって来る。
その瞬間、村に慧臣の叫び声が響き渡った。
「うわあああああああああああああああ!!!」
慧臣の叫び声を聞いて、彼らはピタリと動きを止め、令月たちではなく叫び声のした屋敷の方を一斉に向く。
そして、一斉にまた上下に跳躍しながら、屋敷の方へ向かって行ってしまった。
「な……なんだったんだ? 今のは……」
彼らが去ってから、小声で令月が言った。
(今のは
何かはわからなかったが、妙なものを見られたという喜びと、無視をされてしまったような寂しさで令月は複雑な心境になる。
「わかりません。でも、襲われずには済みました。いくら私でも、あんなに大勢相手にするにはちょっと気が引けます。何者なのか、対人向けの攻撃が効くのかもわかりませんし……」
「確かに俺たちは助かったかもしれへんけど……慧臣は大丈夫なんか?」
彼らはみんな、悲鳴が聞こえた屋敷の方へ向かっていた。
もし、慧臣がすでに彼らの仲間に襲われて、怪我をしていたりするのなら、その血の匂いに集まっているのかもしれない。
あれが怪奇小説に書かれている
「生き血を啜ろうとするんやったら、血ぃが出てる方が狙われてるんやないやろか」
「……慧臣は、襲われたのか?」
「それは、知らん。一緒におんのに、分かるわけないやろ」
「…………とりあえず、戻るか」
どちらにしろ、助けなければならない。
もし、慧臣が彼らに殺されていたとしても、死体は回収しなければ……
(それこそ慧臣が
*
トントン
ダンダンダン
バンバン
納戸には窓がなく、少しも光を通さない。
暗闇の中で叩く音、蹴る音、ぶつかる音が方々から聞こえ、慧臣はその度にビクリと肩を揺らした。
不意に声が出てしまいそうになるのを、必死に両手で口を押さえて我慢する。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!!!)
それに
どこか開いていた扉から室内に入って来たのが音でわかる。
これまで慧臣がその目で見て来た幽霊や生霊と違って、彼らは明らかに慧臣の体を狙って、室内を徘徊していた。
慧臣の生き血を啜ろうと、噛みつこうとしているのが本能的にわかるのだ。
小さい頃に気性の荒い野良犬に囲まれたのを思い出した。
あの時は、噛まれる直前に通りすがりの人が助けてくれたが、今よりずっと子供で、もし噛まれたら、今頃死んでいたに違いない。
無意識にもっと奥に隠れようと、慧臣は納戸の扉から後ずさる。
ところが————
(えっ!?)
後ろにあるはずの壁がない。
暗すぎて全く気づかなかったが、この何度には扉が四つあったのだ。
南側の扉から入って、恐怖で後ろに下がったせいで北側の扉が内側から開いてしまった。
(嘘……————なんで!?)
支えがなくなった慧臣の体は、後ろから倒れるように外に出てしまう。
そこへ集まる
「ああああ……」
「うううううう……」
「ぐううううううう……」
その一体の口から涎が垂れて、慧臣の頬に——————
(ああ、俺、死んだ)
もう、怖すぎて声も出なかった。
慧臣の脳裏には走馬灯が……
(ああ、なんて短い人生だったろう……こんなわけのわからないものに殺されるくらいなら、あの時、令月様の従者になんてならずに、大人しく宦官にでもなっておくんだった……————)
令月の従者になっていなければ、きっと今頃こんなわけのわからない廃村ではなく、後宮で側室妃や女官たちに可愛がられていたに違いない。
自分では全く自覚していなかったが、女と間違われる容姿をしていると知ってから、実は慧臣は自分の本当の価値はそこにあるのではないかと思い始めていた。
(男として大事な部分がなくなるくらいなんだ。生きていける。それだけで十分じゃないか……ああ、あんな変人について来るんじゃなかった)
全てを諦めたその時————
「————慧臣!!」
恨めしく思ったその変人が、助けに来た。
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