第23話 夜間奇行



 人のいない静かな廃村に、慧臣の叫び声が響き渡った。

 その声に反応したかのように、ぞろぞろと別の僵尸キョンシーが集まってくる。

 老若男女様々な得体の知れない化け物が、窓ガラスにぶつかっては大きく口を開けていた。


(なななななななんだこれ!!)


 眠気なんてすっかり吹っ飛んでしまって、あまりの恐怖に腰が抜ける慧臣。

 今すぐ逃げなければならないとは思うものの、一体どこに逃げればいいのか……


僵尸キョンシーだ……!! 今の、絶対そうだ!!)


 頭の中で、この村へ来る道中に令月から読まされた僵尸キョンシーが出て来る小説の内容がぐるぐる回る。

 清国で最近流行している怪奇小説らしいが、明の時代からその元となるものは存在していたらしい。

 小説の中で彼らは、埋葬前の死体だ。

 硬直した死体であるのに、長い年月を経ても腐乱することもなく動き回るらしい。


 彼らが行動できるのは、夜の間のみ。

 火葬で体を焼かれることがない、土葬の風習がある地域の噂から始まる。

 彼らは生きた人間の血を求めて、首元に噛みつこうとしてくる。

 道教の道士の呪術による、故郷への死体運搬だという説もある。

 死体を担いで運ぶより、死体自体が動いた方が確かに楽ではあるが、術をつかう道士が未熟だと、制御できずに列から外れ、はぐれてしまうものがいて、慧臣が読んだ小説では、そのはぐれ僵尸キョンシーに仲間が次々と襲われる話だった。


(そういえば……あの小説の中で気づかれたらどこまでも追って来るって————)


 叫び声をあげてしまったことで、村中に潜んでいた僵尸キョンシーが集まってきているのだと、慧臣は気づいて絶望する。


(な、なんで声なんてあげちゃったんだ!? 俺のバカ!!)


 今更だが、自分の口を両手で押さえて、慧臣は窓側から離れた。

 なんとか立ち上がって、隠れられそうな場所を探す。

 窓や壁をバンバンと叩く音が聞こえてはいるが、彼らは獣と同じ。

 扉を開けることはできない。


 ただし、どこか一箇所でも窓や壁が割れているような場所があれば、そこから入って来るだろう。

 それに、この屋敷は無駄に広く、もしかしたら空いている扉や窓がどこかにあるかもしれない。

 室内に入られたら、慧臣には戦う術がない。


(————あった!!)


 向かいの部屋に両開きの扉がある納戸を見つけて、慧臣はそこに身を隠す。

 中は狭くて、慧臣くらいの子供一人がギリギリ入れるくらいの大きさだった。

 内側から扉を閉めて、とにかく息をひそめるしかない。

 慧臣が自分の体が小さいことをここまで感謝したのは、この日が初めてである。



 *



 一方、慧臣がまだ眠っていた頃、星屎が落ちた場所を探すため、夕焼けに染まっていく廃村の中を令月は歩き回っていた。

 もし建物の中に落ちたなら、それは屋根を突き破っているはずだからと、屋根に穴が空いていないか確認しながら、一軒一軒しらみつぶしに当たっていく。

 村の北側にあるあの屋敷以外は、本当にどこにでもあるような質素な造りをしていた。

 内部もひどい状況というわけではない。

 蜘蛛の巣や埃、雨漏りの跡が残っている家もあれば、つい最近まで人が住んでいたと言われてもおかしくないような家もあり、様々だった。


「それにしても、随分と信心深い村であったようだな……」


 星屎が落ちていそうな場所は特定できなかったが、村の全ての家に祭壇のようなものが置かれていた。

 何か宗教的なものであることは一目でわかる。

 もう干からびて原型をとどめてはいないが、供え物として何か食べ物か植物が置かれていたようだ。



「村で謎の病が流行っていたらしいし、きっと、神や仏に願うしかなかったんやろ。大雨で道が閉ざされていたなら、医師も薬も不足していたやろうし……どう対処したら良いかわからないものと対峙した時、人間っちゅうのは、最後はそういうものにすがるもんやしな」


 李楽はその何かわからない祭壇に向かって、手を合わせながら言った。

 商人として幼い頃から世界各地を渡り歩いて、どこの国でも自分たちの神に助けを求めることをよく知ってる。


「————ところで、その謎の病とはどんな病なんだ?」


 馬を置いてきた一番近くの村で、李楽は地図とこの村に関する資料を手に入れていた。

 令月は星屎と僵尸キョンシーについての関心しかなかったため、その資料は全く読んでいない。

 読んだのは李楽と慧臣だけだ。


「ああ、資料によると、日光を避けるようになるんやて。なんでも、太陽の光を浴びると、肌に妙な発疹ができて、焼けるように痛いとか……で、昼間はとにかく日の当たらん家の中で動かんとじっとしているしかないねん。そんで、みんな夜になったら楽になるのか、今度は外に出ようとするんやけどな————」


 李楽は資料を懐から出すと、令月に見せながら続けた。


「意識がないのに、動くんやて。まるで幽霊みたいにこう、両手を前に出してダラーっとしてな。とにかく外に出ようとして、村の中を徘徊するそうや」

「徘徊? それで、どうやって死ぬんだ?」

「せやから、徘徊してる間は意識がないやろ? 屋根の上に登って落ちたり、川の中に落ちて死んだり、家の柱とか、岩とかにぶつかったりして、命を落とすんや。痛みとかそういうのも感じないんや。人間とは思えへん奇妙な行動を取るらしくてなぁ」


 その姿は自ら死に行くようなものであると、資料には書かれている。

 特に、満月の夜にその行動がひどくなるらしく、まるで月に向かうかのように高い場所を目指して歩き、登り、そして、最後は落下して死ぬ。

 そんな謎の病だったため、資料には『夜間奇行やかんきこう病』と仮の名前が付けられていた。








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