第22話 廃村の僵尸


 煌神国の北西に位置する山の中腹あたりにあったその村の名前は、地隆村じりゅうむら

 村の者たちは主に石切りを生業としていたが、大雨によって土砂が崩れてしまう。

 そのせいで、切り出した石を運び出す道が遮断されてしまった。

 人も物資も届けられず、さらに、村の内部で謎の病で亡くなる村人が相次ぎ、多くの命がこの村で散って散っていった。

 当時の県令の報告によれば、十年ほど前にはわずかだが残っていた村人も全員他の村に移ったため、廃村となっていた。


 宮廷がある都からは、馬車でも三日半かかる。

 その三日目からは、道が整備されていないため馬車は通れず、一番近い別の村から徒歩で向かうしかなかった。

 都と比べれば確かに涼しい地域ではあるが、夏の終わりのこの時期にこんな山を歩かなければならないのは慧臣にとっては苦痛である。

 しかも、侍女の藍蘭も同行したが、彼女は護衛も兼ねているため「両手が空いていないと、何かあった時戦えない」と言い出し、荷物のほとんどを慧臣が背負わされる羽目になってしまったのだ。


(ちょっとくらい持ってくれたっていいじゃないか……!!)


 慧臣は恨みったらしく涼しい顔で歩いている藍蘭を睨みつけたが、プイッと顔を背けられてしまった。


「————お、見えて来たわ。この先や」


 細い山道の間に、『この先、危険』と書かれた古い看板が立っている。

 あたりの木には文字が読めない者でもわかるように、幹に赤い布が結ばれていた。


「この先、危険って書いてますけど?」

「せやから、この先にあるんやろ。急がな、夕方になってまうで。暗くなる前に辿り着かへんと————廃村になったのは十年ほど前やけど、村人たちが住んでいた家屋はそのまま残っているらしいで? 明るいうちに宿にするのにちょうどええ場所を探すべきやろ」

「そうだな! 急ぐぞ!!」


 李楽は看板を無視してどんどん進んでいき、その後ろを令月も楽しそうに目をキラキラと輝かせながらついて行く。

 仕方がなく藍蘭に続いて一番後ろを歩いて、慧臣は進むしかない。

 さっさとこの荷物を降ろして楽になりたかった。


(まったく、人の気も知らないで……!!)


 そうして、太陽の色が夕陽に変わり始めた頃、やっとたどり着いた。

 話で聞いていた通り、村の建物はそのまま残っている。

 蜘蛛の巣や雑草が生えて、一部屋根や壁が崩落しているところはあるものの、中でも村の北側に建っていた立派な屋敷は、少し手入れをすれば住めそうなくらい状態がよさそうだった。


「村長の家————やろか? この大きさ的に」

「そうだろうな。それにしても、この家だけ他の建物と比べると異様に大きいな」


 壁や天井には龍や鳳凰、鶴や亀などの彫刻や壁画がある。

 家というよりは宮殿に近いかもしれない。

 窓も珍しく西洋の建物のようにガラスがはめ込まれていた。

 壺や花瓶か何かが置かれていたであろう台は残されていることから、きっとここに住んでいた人物は、価値のあるものはすべて持って村を出て行ったのだろうと推測できた。

 埃をかぶってはいるが、寝台もそのまま使えそうだ。


 ただ、やはり廃村というだけあって、とても静かである。

 そして、日が沈み始めたとはいえ、慧臣はこの村に一歩足を踏み入れた瞬間から、急に気温が下がったような気がしてならかった。


(なんだろう……なんか、気持ち悪い)


「————ん? なんだ、どうした慧臣」


 暗くなる前に村中を見て回ろうとしていた令月だったが、慧臣の様子がおかしいことに気がついて、声をかける。


「あぁ、その……この村に入ってから、ずっと、なんですけど……————地面が揺れているような気がして、気持ち悪いです」

「地面が……?」


 令月は何も感じておらず、藍蘭と李楽にも同じかと訪ねた。

 また自分だけ何も感じ取っていない現象ではないかと……

 しかし、二人とも首を振った。


「いえ、特になにも感じません」

「俺もや。疲れとるんやないか? 慧臣は細っこいし……あかんで? 男なら、もっと体力つけんとなぁ」

「すみません……」


(そうなのかな……?)


 慧臣自身も、自分だけがそう感じているなら、きっとそうなんだと思った。

 令月は慧臣一人を残して、李楽と藍蘭を連れて村を見て回ることにする。

 完全に暗くなる前には、戻ってくるからと慧臣は休むことにした。


 もう誰も住んでいないことはわかっているが、他人の家で勝手に寝てもいいものかと思ったが、とにかく気持ちが悪くて仕方がない。

 寝台に横になってすぐにまるで気を失うったかのように深く寝入ってしまった。





 *



「————ん?」


 慧臣が目を覚ました時には、もうすっかり日が暮れて夜になっていた。

 薄い雲がかかってはいるが、月の光が窓からぼんやりと差し込んでいる。


 ————トン……トン……トン


 どこからか、足音のようなものがこちらに近づいているような気がして、慧臣はその音で目が覚めたのだ。

 誰か慧臣がいる部屋の近くを歩いているのだろうかと、目をこすりながら窓の方へ近づいてみる。

 すると、その音はピタリと止まった。


(なんだ……?)


 ————コツ……


 窓ガラスに何かが当たる。


「え……!?」


 見知らぬ誰かの顔が、窓ガラスの向こう側に張り付いて、こちらをじっと見ていたかと思うと、今度は鼻が潰れそうなくらいに顔を押し付けて、縦に大きく口を開く。




「……うわあああああああああ!!!」



 青白い顔をした、長袍チャンパオのような衣着た、僵尸キョンシーだった。


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