第三章 王弟殿下と廃村の僵尸

第21話 そうだ廃村、行こう


「何!? 死体が蘇る村だと!?」

「ああ、清国からの帰りにその話を聞いたんや」


 その日は、朝からとても気温が高く、誰もが外に出るのを嫌がるような日であった。

 暦の上では、夏はそろそろ終わる頃であるが、ここ最近なぜかそんな日が続いている。

 王弟殿下・こう令月れいげつの従者となって数週間。

 慧臣えじんが姉の嫁ぎ先に祝いの品を届けて月宮殿げっきゅうでんへ戻って来ると、聞きなれない男の声と怪しげな話が聞こえ、思わず立ち止まった。

 気になってそっと扉をあけて中を覗いてみると、日に焼けた肌に白い歯がキラリと光る屈強な大男が令月と何やら楽しそうに話をしている。


「いつもと違う道を通ったんや。この暑さやし昼間に外に出るのはかなり体力を消耗するやろ? いつもなら立ち寄らへんような場所であろうと、日陰を通らんとこっちが参ってしまいそうやったし。ああ、ちなみにこの仮面はその村の話を聞かせてくれた旅の商人から買ったんやで? 貴重なものらしくてなぁ。一度顔につけると、二度と外せなくなるらしいんや」

「おお、それはまた、珍妙なものだな!」

「殿下は俺の親友やからな、特別価格やで!」


 慧臣は、令月が今まさに怪しい人物からがらくたを買おうとしていると思って、慌てて止めに入った。

 この今まさになんだか怪しいものを令月に売りつけようとしているこの男こそ、噂の商人・李楽りがくである。

 歳は令月と同じ。

 王弟殿下に対して、敬語を使わなくても許されているのは、幼い頃からの知り合いであり、友人であるからだ。


「————いけません!! 令月様!! またそんながらくたを買ってどうするおつもりですか!!」

「おお、慧臣。戻って来ていたのか。見ろ! これはいかにもな代物だぞ?」


 令月は気にせず買う気満々だった。

 だが、近くで見ても慧臣には仮面にはなんの力も感じられない。

 肌色というには白過ぎる色が塗られ、目の周りは黒っぽく縁取られ、唇は赤ではなく紫色をしていて、まるで幽霊の顔のように気味悪く見えるだけだ。


「……ただの仮面です。何の不思議な力も宿っておりません」

「え、そうなのか……? だが、見るからに怪しいぞ? 絶妙な気味の悪さをしている」


 納得しないようだったので、慧臣はその仮面を手にとって裏側を見る。

 表側は白く裏側は真っ黒だった。少し指で触ってみると、面面はツルツルしていて触れても何もつかないが、黒い部分は少しざらついていて、指の腹が真っ黒になる。

 裏側には墨か何かが塗ってあるのだ。

 しかも、布で拭っても、水で洗っても中々落とすことができない。


「なるほど、これは確かに、一度顔につけたら二度と外せなくなりますね……顔が真っ黒になって、そんな顔じゃ恥ずかしくて外を歩けませんよ」


 慧臣に仕組みを見抜かれてしまって、李楽は残念そうに笑った。


「はっはっは! 殿下、一体どこでこんな優秀なのを見つけて来たんや? これじゃぁ、商売上がったりやないか」

「いいだろう? 中々優秀でな、しかも、霊感もあるようなのだ。すごいだろう」


(いやいや、俺を褒めている場合ではないんですよ。あなた、今、騙されそうになったんですけど……)


 騙されて買わされるところだったのに、笑っている令月に呆れて、慧臣はツッコミを入れるのをやめた。


「ところで、私はその村の話の方が気になるのだが……死体が蘇るとはどういうことだ? 蘇ってどうする?」

「それが、襲って来るらしいで。まるで、生きた人間の血を欲しがるように、首元に噛み付いて来るんやて————」


 その死体は死後に硬直した体では、膝が曲げられず走ることはできないのだが、ぴょんぴょんと少し上に跳ねながら、だんだんと近づいて来る。

 逃げても逃げても、どこまでも追いかけて来るらしい。


「俺は、おそらく最近清国で流行っている僵尸キョンシーと同じものなんやないかと……でも妙なのが、その村がある地域は基本的に死体は火葬なんや」


 煌神国こうじんこくでは、各地で葬儀の仕方は異なっている。

 基本的には土葬が主流ではあるが、火葬や水葬をする地域もある。


「奇妙な話やろ? 土葬ならありえない話でもないんやけど……しかも、その村っちゅうのが、最近、流れ星が落ちたとされる場所なんや」


(流れ星? そういえば、何日か前に大きな流れ星が落ちたって騒ぎになっていたっけ……)


 流れ星は、煌神国にとって凶事とされている。

 とくに、多くの人々が目撃するような、大きな流れ星が落ちた場合は、国王の死を予見するものだ。

 国王の体調を心配して、国中から医師が集められたが、結局何もなかった。

 国王には世継ぎとなる王子がまだ生まれていないため、次の国王は六人いる王弟殿下のうち誰になるか……なんて話まで出たほどの騒ぎだったのに。


「殿下が探している星屎ほしくそが、もしかしたらその村にあるかもしれへんと思って、こうして土産品と一緒に話を持ってきたんや」


 星屎と聞いて、令月の目の色が変わる。

 星屎は月の石であるとも言われている、天から突然降って来る石のことだ。

 その多くは、この地上ではあまり見たことのない石や鉄の塊。

 令月の集めている収集品の中でも、一番数が多い。

 月へ行く手がかりになるのではないかと、思っているからだ。

 その中に慧臣の目にも妙にキラキラと輝いて見える価値のありそうなものはいくつかあるが、ほとんどはがらくたである。

 


「案内しろ、李楽! 今からその村に!」


(り……李楽!? この人が!?)


 そこで初めて、慧臣はこの男が噂の李楽であったことを初めて知った。




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