第20話 ある使用人の身の上話


 煌神国一の妓楼・豊玉楼。

 その店主の使用人の一人・万来の遺体が見つかったのは、半年前のことである。

 真冬の川に浮いていた冷たい遺体。

 そこは自殺したものが流れ着く場所で、身元不明の遺体が流れ着くことは度々あった。


 万来は珠華に身請け話が来ていたため、店主の命令で相手の身辺調査に出て、それっきり行方不明になっていた。

 妓楼に売られた珠華にとって、万来は兄のような存在。

 彼は心優しい人で、他の妓女や使用人達からも慕われていたからこそ、自殺なんてありえないと誰もが思った。


 仕事上、相手のことを根掘り葉掘り調べるため、万来の調査結果によって身請け話が破談になることもある。

 欲しいと思った女が手に入らないのだから、逆恨みされていたとしてもおかしくはない話だ。

 万来は妓女たちが身請け先で不幸にならないように、妓女たちを思ってやったことだが、相手からしたら自分の暗部を知られてしまうことになる。

 実際、万来の他にも同じように調査に当たった使用人が逆恨みされて、命を失ったことも多々あった。


 そういう事情があるため、日頃から使用人たちは自分の身を守るために護身術を習っているが、大勢に囲まれてしまってはどうにもならない場合もある。

 珠華が話していた、最初の身請け話で戻ってこなかった使用人というのが、この万来のことだった。


(半年前に死んでるってことは……姉さんのことが心配で、成仏できずにいたんだろうか? 月宮殿で話したあの人は、生きた人ではなかったって、そういうことだよな?)


 人形を持ち帰りながら、慧臣は考えた。

 珠華が月宮殿の王弟殿下が怪奇話や不思議なものを集めているという話を客であった李楽から聞いたのは、万来が月宮殿に訪ねてくる二日前のことだったらしい。

 店主は自ら相談に行くつもりでいたのだが、忙しく中々時間が取れずにいた。

 珠華はてっきり、令月が自分の部屋で待っているのは、別の使用人の誰かが話をしにいったからだと思っていたらしい。


(こんな話、令月様にしたら面倒なことになりそうだな……)


 幽霊と会話することができていたなんて、興奮して何を言い出すかわかったものじゃないと、慧臣は万来のことは令月には黙っておくことにした。


(それにしても……————)


 豊玉楼で開店ギリギリまで話し込んでしまったせいで、慧臣が月宮殿に到着した頃には、すっかり日が沈んでしまっていた。

 もう勝手に動くことはないとはいえ、持ち帰った人形はやはり夜に見ると気味が悪い。

 自分の母の作った人形ではあるが、やはり、怖いものは怖いのだ。


(瞳に使われている塗料が、特別なものだから光って見えていたのか……一体、何でできているんだろう?)


「————遅いぞ!! 慧臣!!」

「うわっ!!」


 部屋に入った途端に、なぜか少々興奮気味な様子で瞳をキラキラと輝かせている令月に声をかけらた。

 驚いた拍子に、持っていた人形を床に落としそうになる慧臣。

 なんとか床に落下する前に、止めることはできたが、変なところを持ってしまったせいか、人形の首が外れる。

 人形の頭だけがころころと転がり落ちて、令月の足元で止まった。


「あああ!!! 何してるんだ、慧臣!!」

「す、すみません!!! すぐに戻します……!!」


(どうしよう……!!)


 慧臣は焦りながら首を戻そうとするが、どうやってくっついていたのかさっぱりわからなかった。


「あの……これ、どうやって直せばいいんでしょう?」

「私が知るわけないだろう!? まったく、首を長くして待っていたというのに……!! お前の母親が作った人形なのだろう? なんとかしろ!!」

「そんな……!!」


 人形の作り方なんて知らない慧臣に、そんなことができるはずがない。


「何を騒いでいるのですか。たかが首が外れたくらいで……」


 そこへ藍蘭がやって来て、慧臣の手から人形を奪うと、無理やり首を力任せに押し込んだ。

 ぎゅうぎゅうと変な音がなっている。


「ほら、できましたよ」


 そう言って、藍蘭は自慢げに人形を令月に手渡す。

 人形の首は、確かにくっついたが、前後が逆になっていた。

 顔の正面が真後ろを向いている。

 人間ではありえない向きだ。



「藍蘭!! お前……芸術の才能がないにもほどがあるぞ……?」


 最初、令月はそう怒っていたが……


「殿下、この方がよっぽど呪いの人形らしいではありませんか。よくご覧になってください」


 と、藍蘭に言われ、確かに首が真後ろを向いているせいで、首が外れる前よりもずっと、不気味な人形となってしまい、もう動かないのにより呪いの人形らしくなっていると思った。

 しまいにはニヤニヤと笑みを浮かべ始めていたため、慧臣は呆れてしまう。


(母上の形見でもあったんだけど……まぁ、いいか)


 主人が幸せそうなら、それでいい。





【第二章 王弟殿下と呪いの人形 了】



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