第19話 瞳



「な、な、なんで、お前がここに!?」

「ちょっと、旦那様! 王弟殿下ですよ!?」

「なんだって!?」


 王弟殿下が来ていると聞いたのに、迎え入れた相手の顔を見て持参は混乱した。

 持参の屋敷は花街の近くにあるとはいえ、こんなに早く豊玉楼にいた人間がここまでたどり着けるとは思っていなかった。

 壁をすり抜けでもしない限り、普通の人間の足では無理だ。


「し、失礼いたしました!! 申し訳ございません!!」


 慌てて頭を下げた持参の肩に、令月は笑顔で手を置く。


「なに、ちょっと豊玉楼で馬を借りてね。あそこの馬はよく調教されていて、ものすごく速いんだ。有事の時は戦場にも出られるようになっている。知らなかったか?」

「し、知りません……でした」


 普通の人間にその馬が貸し出されることはまずないが、相手が王弟殿下となれば別である。

 豊玉楼には高官やくらいの高い武官が通っていることが多い。

 今は他国と戦はしていないが、何かあればすぐに移動できるように馬の貸し出しもしているのだが、平民の持参はそのことを知らなかった。


「さて、では聞かせてもらおうか?」

「な、何を、でしょうか?」


 肩に置かれていた手に力がぐっと入り、持参は冷や汗が止まらなくなった。

 自分の欲のために、人形を動かし、王弟殿下の夜伽の邪魔をしたのだ。

 それも二度も……

 いくら、自分の女だと思い込んでいる珠華を守るためだとはいえ、それも身勝手な欲望のため。

 この国で王族を怒らせるとどうなるかは、誰もが知っている。

 金はあるが平民である持参の命は、この令月の言葉一つでどうとでもなってしまう。


「————妖術が使えるんだろう? 私に教えてくれないか?」



 予想外の言葉に、持参は恐れ多くも顔を上げてしまった。


「…………はい?」




 *




「————それじゃぁ、もうこの人形が勝手に動くことはないの?」

「はい。流石に妖術で人形を動かした罪では捕まえることはできなかったけど、令月様が妖術についてあれやこれや質問攻めにしたら、次々に余罪が……」


 持参が令月にいろんな意味で捕まったその翌日、慧臣は一人、豊玉楼を訪ね、珠華と豊玉楼の店主に事件のあらましを説明しに来た。

 てっきり、誰もが呪いの人形の犯人である持参を咎めに行ったと思っていたが、実際は妖術に興味を持ったからだ。

 妖術はどうやって使うのか、どういう仕組みであの人形が動かせるのか、そこばかりを気にして、持参に根掘り葉掘り妖術の質問をした令月。

 慧臣と藍蘭は、目を輝かせながら持参の話を聞いていた令月に呆れていたが、仕方がなく側で一緒に話を聞いていると、老人の話というのは、だいたい若い頃の武勇伝が含まれている。

 その中に、明らかな犯罪行為がいくつもあったため、結局そっちの方で持参はお縄になった。


「あの人形を動かしていたのは、幽体離脱という妖術を使ったからだそうで……その幽体離脱を行なっている間は、肉体の方が無防備になるんだとか」


 牢屋に入れたとしても、幽体離脱でまた人形を動かして邪魔をされては意味がない。

 持参が珠華の身請け話の邪魔をしていたのは、最終的に自分しか身請けしようとする男が現れなくなるのを狙っていたからだ。

 呪いの人形で珠華の評判が悪くなれば、身請け話も来なくなる。

 そこを狙って、もう一度、身請け話をするつもりだった。

 そうすれば、今度こそ自分のものになるだろうと。


「それで、如意棒を切ることになりました」

「え……?」


 身請けしても、如意棒がなければ男としてはおしまいだ。

 下手をすれば、命を落とすかもしれない。

 それだけは嫌だと持参は必死に抵抗し、もう二度と珠華の邪魔をしないことを誓った。

 もしもまた同じことをしたら、次こそ本当に如意棒が切られることになった。


「とにかく、これで一安心でしょう。もう人形が勝手に動くことはないです。夜伽の最中に邪魔をすることもありません。姉さんは安心して、身請け話をすすめてください」

「慧臣……」

「身請けの日が決まったら、教えてくださいね。お祝いに行きます。まぁ、正直いうと、花街に来るのはちょっとその……まだ俺には早すぎるので、肩身がせまいのです。なんだか悪いことをしているようで……新しい住処が決まったら、そちらに————会いに行ってもいいですか?」


 これまで離れ離れになっていたとはいえ、二人が姉弟であることに変わりはない。

 父親は行方をくらまして生死不明。

 母親が亡くなってしまった今、慧臣には身内は珠華しかいないのだ。


「もちろんよ。いつでも遊びに来てちょうだい」

「姉さん……」


 珠華は慧臣をぎゅっと強く抱きしめる。

 きっかけは呪いの人形という怪奇話だったとはいえ、慧臣は姉と再会できて本当に嬉しかった。

 そして、呪いの人形と言われたあの母親が遺した人形は、慧臣が月宮殿に持ち帰ることになった。

 持参の話では、あの人形には瞳の部分に変わった素材の石か砂で作られた塗料が使われているようで、それが妖術の力を増幅させる作用があるらしい。

 そんな不思議なもの、令月は手に入れたいに決まっている。



「————ところで、姉さん。万来さんはどこにいるの?」

「万来……?」

「呪いの人形を引き取って欲しいって話、万来さんから聞いたから、万来さんにも話したかったんだけど……姉さんのことを、とても心配しているみたいだったし」


 万来の名前が出て、珠華は店主と顔を見合わせた。

 二人の表情が急に暗くなって、慧臣は首を傾げる。


(え、なに? 俺、何か変なこと言った?)



「慧臣、どうして、万来のことを知っているの……?」

「え? だって、昨日、月宮殿に来て————ご主人様の代わりに、相談に来たって……」

「そんなはずないわ……万来は……————」


 珠華の瞳が、涙で潤んで揺れる。



「————死んでしまったの。半年前に、殺されたの」



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