第25話 天井に穴


 藍蘭の蹴りと、李楽の拳で慧臣に噛み付こうとしていた僵尸キョンシーの首が吹っ飛び、地面に転がった。

 首のない体だけが慧臣の体にのしかかり、視界から消えた恐ろしい僵尸キョンシーの顔の代わりに、無駄に綺麗な令月の顔が慧臣を見下ろしている。

 初めて出会った時のように、まるで月の明かりのような輝きを放っていると思ったら、天井に穴が空いていて、そこから丁度月明かりが差していた。


「慧臣、大丈夫か?」


 藍蘭と李楽が他の僵尸キョンシーたちを倒している間に、令月は首のない僵尸キョンシーを足で蹴り飛ばし、唖然としている慧臣を抱き起こした。


「おーい、慧臣!! しっかりしろ!!」

「…………」


 しかし、返事がない。

 ただじっと、令月の顔を見つめているだけ。


「なんだ、どこか怪我をしたのか!? 噛まれたか? ぶつけたか!?」


 明らかに様子がおかしいので、令月は慧臣の体を見回したが、特に怪我をしているようには見えなかった。

 腕も脚もちゃんとついているし、首や腹から血が出ているなんてこともない。


「どこか痛いのか————っ、ぐふっ!!」


 急に、慧臣の頭が、令月の高い鼻に直撃。


「な、何をするんだ!!」


 突然の頭突きに、令月が涙目になっていると慧臣は大声で叫ぶ。


「あんたのせいだ!! 俺は死ぬところだったんだ!! やってられるか!! くそがっ!!」


 もう恐怖を通り越して、怒りになっている。


「俺がどれだけ怖かったかわかるか!? あんたのせいだ!! あんたがこんな化け物のいる変な村に行こうなんて言わなければ、俺は今頃、後宮の女官様たちに可愛がられていたはずなのに!!」

「後宮の女官? は?」


 令月は慧臣が走馬灯を見ながら何を考えていたかなんて全く知らないし、急に脈略のない話をされて戸惑うしかなかった。

 なんで怒られているのかわからない。

 しかも、助けてやったのに慧臣は令月の肩をバカスカ殴ってくる。


「ちょ、ちょっと待て! 落ち着け、慧臣!! なんの話だ!?」

「何が死者が蘇る村だ!! ふざけんなくそがあああああああああああああああ!!!」



 怒っていたと思ったら、今度は泣き出した。


「え、慧臣……?」


 ものすごく怖かったのだ。


「————殿下、今の内に、慧臣にこれを!」

「あ、ああ!」


 泣きじゃくっている慧臣に、容赦無く令月は謎の白い粉をふりかけた。



 *




「————それで、この粉は一体なんなんですか?」


 藍蘭と李楽が屋敷の内部にいた僵尸キョンシーたちを全て駆逐し、出入り口を全て塞いだところで、ようやく少し落ち着いた慧臣は、おもいきり鼻を噛んだ後に訪ねた。

 妙なことに、令月に謎の白い粉をかけられた後から、あれだけ慧臣に向かって次々襲いかかろうと集まっていた僵尸キョンシーたちが急に興味をなくしたかのように近づかなくなったのだ。

 まるでそこにいると認識されていないようだった。


「獣避けの薬や。俺ら人間の鼻ではあまりわからへんのやけどな……念のため持っておいてよかったで」


 謎の白い粉は、ふりかけると肉食獣が嫌う匂いがするもの。

 山の中を通過することの多い旅商人の間では、熊や狼、虎などに遭遇し他時のために使うもので、腐臭がする。

 僵尸キョンシーたちは匂いや音で生きた人間かどうか判断しているというのを聞いたことがあった李楽が試しに使ってみると、彼らは全く近づいてこなくなくなったどころか、自分たちと同じ仲間と認識しているようだった。

 そのおかげで、攻撃しやすくなったのである。


「俺が聞いた僵尸キョンシーの話では、あいつらはより若い子供の血を求めるっていうのがあったんや。せやから、今この村で生きてる人間————それも、一番若いのは慧臣やろ?」

「確かにそうですけど……え、でも、それなら藍蘭さんは?」


(藍蘭さんだって、俺と同じくらいじゃないのか? そんな微妙な若さまでわかるのか? 僵尸キョンシーって)


「何よ、あんた、私が小さいからって子供扱いしてる?」

「違うんですか? っていうか、藍蘭さんって何歳なんですか?」

「————ところで殿下、どうします? 私としては、こんな危ない場所からはさっさと退散すべきだと思うのですが」


(無視かよ!!)


 藍蘭は慧臣の質問には一切答えずに話を切り替える。

 李楽の獣避けの薬がなければ、僵尸キョンシーに対応できなかった。

 侍女兼護衛である藍蘭にとって、令月の身の安全が最優先事項だ。

 こんな危険な村で星屎探しなんて、いつ見つかるか、何日かかるかもわからないことを令月が直接する必要はない。

 夜が明けたら、すぐにこんな村からは出た方がいい。


「それは……確かにそうだが————朝になればまた何か見えるものも違ってくるかもしれないではないか。見落としている箇所があるかもしれない」

「ですが、そもそも、星屎が落ちたのが建物の中とは限らないではありませんか。そんなに簡単に、天井に穴が空いている建物があるとは思えません。落ちたのが川の中だったら探し用がないですし……この屋敷の内部にいた者たちは一通り片付けましたが、まだまだいますよ? この村————」


 藍蘭に諦めるように言われて、令月は明らかに不機嫌そうな顔をした。

 ここまで探しに来て、そもそも、僵尸キョンシーが出るかもしれないとわかっていながら来たのだ。

 せっかく来たのに、なんの収穫もなく帰るなんて面白くない。

 星屎が見つからないなら、せめて僵尸キョンシーがこの村にいる謎を解明してみたい。

 それに、近隣の村で被害者が出る可能性だってある。

 都からは離れているが、疫病のように各地に広がってしまったら大変だ。


「あ、あの……」

「なんだ、慧臣」

「天井に穴なら、ここ、空いてますけど……?」


 慧臣は天井の穴を指さした。


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