第17話 呪いの人形


 父親の作った借金のせいで、慧臣の姉が売り飛ばされたのは約八年前。

 慧臣が五歳、珠華が十歳の頃だった。

 幼すぎた慧臣は姉の顔は覚えていなかったが、母親が毎晩のように姉を思って泣いていたことは知っていた為、名前は覚えている。

 どこかの妓楼に売り飛ばされたと聞いてはいたが、まさかその姉が名前を変えて妓女————それも、煌神国一と言われている妓楼の妓女となっているなんて、思いもしなかった事実に慧臣はただ驚くしかない。

 慧臣は母親をそのまま丸っと写したような顔をしているが、姉の方は目元だけは父親の方の遺伝が色濃く出ていた。


「誰かに似ているとは思ったが、まさか慧臣だったとは……こうして二人並ぶと、確かに姉弟といわれても納得できるな」


 やっと先ほどの既視感の原因がわかって、令月はなんだかスッキリする。

 しかし……


「そうなると、この人形を作ったのは慧臣の母親ということか?」


 万来からは、人形を作ったのは妓女の母親だと聞いている。

 つまり、慧臣の母親がこの呪いの人形を作った————ということになるが、慧臣は自分の母親がこんな精巧な人形を作る技術を持っていたことをまったく知らなかった。


「ええ、そうです。私たちの母は、人形職人をしていたそうです。私が小さい頃まで続けてはずです。慧臣が生まれて、あのクソが借金を作るようになってしまって……生活する為にやめたそうですが————」



 珠華は慧臣を愛おしそうに抱きしめたまま、この人形について話し始めた。




 *


 ここまで精巧な人形を作るには時間も、お金もかかるんです。

 母は結婚でその道を諦めてしまいましたが、私の遊び道具としてよく小さな人形を作ってくれていました。

 慧臣が生まれてからは、私の遊び相手は慧臣になりました。

 本当にもう、慧臣ったら可愛くて可愛くて……毎日慧臣と一緒に遊んでいました。

 でもある時、父の借金がどんどん膨らんで、私は妓楼に売り飛ばされることになってしまって————

 母は最後まで反対していたのですが、もうどうすることもできなかったのです。


 父はどうでも良かったんですが、母と慧臣と離れるのが嫌で————ずっと泣いていました。

 そんな時、母がくれたのがこの人形です。

 元々は、母が人形職人の師匠から貰い受けたものを作り変えてくれたもので……

 人形を家族だと思って、ずっと大事にしていたんです。


 何度も「本物の子供のがいるようで気味が悪い」と姐さん方に言われたこともありましたけど、私はこの子を気に入っていたんです。

 そして見習いの期間が終わって、やっと一人前の妓女として認められてお客さんの相手をして————

 けれど、半年ほど前に私に身請け話が来て、それから不思議なことが続きました。


 その方と初めて夜伽をしようとした時、急にこの子が動き出したんです。

 それこそ、本当に生きている人形のように、いつの間にか枕元に立っていて————

 目も、ぐるぐると……先ほどのように奇妙な動き方をして……


 それに、時折、じっとこちらを見ているような、そんな視線も感じるようになったんです。

 そうしたら、身請けの話はなかったことにされてしまいました。

「あんな不気味なものを大事にしている女を、囲うことなんてできない」って。


 私もその言葉を聞いて、お断りしました。

 お優しい方だと思っていたのに、本妻には私を身請けすることを黙っているつもりでいたんです。

 私は、妾であってもきちんと愛していただけると思っていたのに、私以外にも三人も他に女がいるらしくて……


 実は豊玉楼では、身請けが決まるとそのお相手のことを徹底的に調べるんです。

 最初に調査に出た使用人が戻ってこなかったので、調査に時間がかかってしまいましたが、それで知りました。

 私は騙されるところだったんです。


 それからは、ずっとあんな感じで……私が殿方と夜伽をしようとすると、あの子が邪魔をしてくるようなりました。

 部屋の外に移しても、遠くの妓楼へ預けても、必ず私のところに戻ってくるんです。

 いつしか、この子は「呪いの人形」と呼ばれるようになってしまいました。


 このままでは、私の身請け話はなくなり、この豊玉楼の評判も落ちてしまう。

 それで困っていた時、李楽様が月宮殿の王弟殿下の話をしてくださいました。

 王弟殿下なら、そういう奇妙な話にお詳しいから、任せて見てはどうかと。



 *



「————母との大切な思い出がある人形です。動き出すのは確かに君が悪いですし、困って入るのですが……どうしても壊すことはできなくて」


 珠華の話が本当であることは、令月が身をもって証明している。

 霊感が全くない令月でさえ、あの奇妙な現象を目にしたのだから、確かにこの人形に何か呪いか、悪霊の類のものが取り憑いている可能性は十分にある。

 ただ、残念なことに動いた瞬間を霊が見える慧臣と藍蘭が見ていない。


「でしたら、もう一度、殿下とやってみてください。何が起きているのか、私たち目で確かめてみないことには、話になりません。慧臣も見えるのでしょう?」

「え、はい。そうですけど……」


 藍蘭は令月と珠華にもう一度、まぐわうように提案した。

 姉が自分の主人に抱かれる場面を見ないといけないというのは、慧臣にとってかなり気まずい状況だ。

 けれど、藍蘭と慧臣の見えているものは違うものである可能性がある。


「見える見えないは、人によるの。霊力の強さによって、見える人間と見えない人間が分かれることがある。殿下のそういう力は無いに等しいけれど……」

「確かに……全くないですね」

「————おい!」

「私だって、全てが見えているわけではないわ。もしかしたら、私には見えないものが、慧臣には見えたりするかもしれないし……」

「は、はぁ」



(確かに藍蘭さんの言っていることはわかるけど……久しぶりに再会した姉と令月様が乳繰り合っているのを見せられるのって、どうなんだ————)


「————さっきから失礼だぞ藍蘭、私を馬鹿にしているのか!?」

「事実でしょう、殿下。そんなことより、ほら、さっさとまぐあってください!」


 そうして、再び二人が体を重ねようとした時、やはり人形はも動いた。

 二人の間に割って入り、目をぐるぐると回して見たり、髪を乱してみたり————


(うわ……誰だよあれ)


 慧臣の目には、はっきりとその人形を動かしている男の霊が見える。

 口髭を蓄えた恰幅の良い年寄りの霊が、人形を動かしていた。



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