第16話 思いがけない再会
彼女の位置から、珠華の姿がちょうど見えていなかった。
呪いの人形相手にしている半裸の変態がいると誤解したのである。
「————今の叫び声はなんだい!?」
「どうした、何があった!!」
悲鳴を聞いた人々が次々と珠華の部屋に集まってくる。
珠華は乱れた衣を着直すため、寝台のすぐ横にあった
一二を争うほど人気の妓女が、やすやすと他人に裸を見せるわけにはいかない。
そのせいで、寝台の上にはピタリと動かなくなったあの人形と、半裸の男だけが残される。
変な誤解を生むのには十分な状況となってしまった。
「え、嘘!? 人形相手に……!?」
「へ、変態だ!!」
「ちょっと待て! 私にそんな趣味は————」
令月は流石に否定しようとしたが、その集まってきた人の中に自分の従者と侍女がいることに気がついて、睨みつける。
「お前たち、見てないで、助けろ!!」
*
「すみません。すみません。すみません」
人払いした後、妓女見習い・
まさか変態と誤解した相手が、王弟殿下だなんて夢にも思わなかった。
本当に偶然、珠華の部屋の前を通っていた時に、椅子の倒れる大きな音が聞こえ、気になって中を覗いてしまったのだ。
「最近、あの人形の話は話題になっていたので……————部屋の明かりも消えていたし、もしかして、人形が動いたんじゃないかと……つい、怖いもの見たさに入っただけなのです」
あの人形は、呪いの人形として妓楼の者たちの間で話題になっている。
逢着もその話は不気味で恐ろしいと思ってはいたが、かなり気になっていた。
一体どういう仕組みで動いているのか、実際にどのように動くのだろうかという好奇心で、実は以前も珠華がいない時に度々人形を見にこの部屋の中に入って人形をこっそり見ていたのである。
「てっきり、まだ珠華
「まったく、これからが本番だったのに————」
令月は不満そうな表情のまま、乱れた衣を着直している。
せっかく人形が動いて、目がぐるぐると回りだしていたのに、逢着の悲鳴の後、人形はピタリと動かなくなった。
「それはどちらの意味での本番です? 令月様」
「……動く人形の方に決まっているだろう! それより、どこへ行っていたんだ」
「あーその……藍蘭さんに襲われまして」
「は?」
令月は藍蘭の方を見る。
慧臣と藍蘭が一緒に現れたことには驚いたが、藍蘭が突然現れるのはいつものことである。
しかし、慧臣が襲われたとはどういうことか。
「藍蘭、まさかお前、こういうのが好みだったのか? 確かに可愛らしい顔をしているが……まだ十三歳の子供だぞ?」
「殿下、変な誤解をしないでください。私をなんだと思っているんですか。こんなお子様に興味はありませんよ」
「お、お子様!?」
(大して年齢変わらないだろう!? っていうか、むしろ藍蘭さんの方が若いように見えるんだけど!?)
さっきまで縛られて床に倒されていた為わからなかったが、並んで見れば藍蘭とは身長も同じくらいだった。
それを子供と呼ばれるとは————いくら慧臣が他の同じくらいの年齢の子達より発育が遅れているとはいえ、その言い方はひどいんじゃないかとカッとなる。
ところが、藍蘭はまったく気にせずに話を切り替えた。
「そんなことより、これが例の人形ですか?」
じっと人形の瞳を食い入るように見つめる藍蘭。
慧臣にはやはり、この人形の瞳と藍蘭の瞳が似ているように思えた。
「ああ、さっき目が動いた。ぐるぐると……」
「ほぅ、殿下にも見えたということは、相当な霊力を持っているか————そもそも別の何かである可能性が高いですね。特に、この瞳————……妙に光っています」
「光っている……? そういえば、お前も同じようなことを言っていたな?」
令月と藍蘭は同時に見つめられ、下を向いていた逢着も同じようにこちらを向く。
人形から急に視線が自分に集まって、慧臣は少々居心地が悪い。
「確かに見えましたけど……どうしてそう見えるのかまではわかりませんよ。それをいうなら、藍蘭さんの瞳だって、同じように光っているように俺には見えましたし————」
「私の瞳が……?」
藍蘭は何か心当たりがあるのか、少し考えてから言った。
「……とにかく、この人形がどうやって作られたのか、それを知る必要があるかもしれませんね。ところで、肝心のその妓女はどこへ行ったんですか?」
「え……? ああ、そういえば————」
令月が衝立障子の方に目をやると、出る機会を逃していた珠華が顔を出す。
「わ、私ならここに……」
そこでやっと初めて、慧臣と藍蘭は珠華の顔を見ることができた。
慧臣はさすが人気の妓女だと素直にそう感じた。
通常であれば、妓楼で一二を争うほどの人気がある妓女の顔なんて、大金を積まねば拝めるものではない。
少々御髪は乱れていたままだったが、それでも十分美しかった。
(ん……? あれ……?)
しかし、どこか見覚えがあるような気がしてならない。
目元のあたりが特に……
それが誰だかわからなくて、つい食い入るように見つめている慧臣を、令月はからかう。
「なんだ? 慧臣、お前はこういう女人がいいのか? 年上好きとは……随分ませているな」
「え……?」
珠華は、そこで初めてこの従者の名前が慧臣であることを知って、目玉が飛び出しそうなくらいに驚いていた。
「えじ……ん? あなた、慧臣なの!?」
「え!? ど、どうして、俺のことを……————」
「慧臣————!! こんなに大きくなって————!!」
(えっ!? え!?)
珠華は慧臣を抱き寄せ、慧臣の顔に柔らかいものが当たる。
「ちょっと、え!? なんで……!? えっ?」
(だ、だれ……!? え!? 俺、この人知らな————……)
「私よ。
「しゅ……うび…………姉さん……?」
豊玉楼の妓女・珠華————本名は
彼女は、親の借金のせいで、売り飛ばされた慧臣の年の離れた実の姉である——————
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