第15話 事情と情事


「藍蘭さん……!? 休暇中だったんじゃ……!?」

「そうよ。予定より早く用事が終わったから、月宮殿に戻ろうとしたら……あなた達二人の姿を見かけてね……見慣れない従者を連れていたから、あとをつけたの。そしたらまさかの妓楼————」


 あの令月が自ら妓楼になんて通うわけがないし、藍蘭はすぐに何か怪奇話でも聞いたのだろと悟った。

 密かに様子を見ていると、若い妓女たちが呪いの人形の話をしているのが耳に入り、納得する。


「どういう状況か察するのは簡単だったわ。それに、その呪いの人形ってやつが妓女とまぐわおうとしている時に動くというのなら……ちょうどいいと思ったの。あの子は普通の女には全く興味がないから、心配だったのよ。これがきっかけで、女にも少しくらい興味を持ってくれればいいかと」


 藍蘭は令月の侍女として、他の兄弟たちとちがって全く浮いた話のない令月を心配していたのだ。

 男色だの、不能だの、実は女だとか……妙な噂ばかりが広まって、しまうのではないかと。


「妓楼で女を抱いたとなれば、まぁ、私としては一安心なわけよ」

「は、はぁ……それで、どうして俺をこんなところに? 何か意味があるんですか?」

「……ああ、特にはないわ。試してみただけ。従者として、どの程度の実力があるのかと————この私の代わりをしていたようだったから、武芸にも秀でているのかと……まさか、あんなに警戒心もなく、たった一発で倒れるとは思いもしなかったけど」

「え……? それだけですか?」

「それだけよ?」


 揺すっても叩いても慧臣が起きなかったため、仕方がなく空いていた部屋に連れ込んで様子を見ていたらしい。


「従者をするなら、それなりに強くないと困るわ。あの子は幽霊や怪異、もののけ、妖……とにかく危険で怪しいものに興味がある。それらももちろん危険ではあるけれど、一番危険なのは、生きた人間なのだから……」

「それは————確かにそうかもしれませんが……って、今まさに一人にしていません?」

「…………そういえば……そうね」

「そうねって、あなたね————」


 文句の一つでも言ってやろうかと慧臣が思ったその時、甲高い女の悲鳴が聞こえてきた。


「きゃああああああああああ」







「あ……っ」


 令月は女のよろこばせ方くらい心得ている。

 好色と言われていた先王と、今の国王である長兄、他の五人の兄も同じように女の扱いには慣れたものだ。

 ただ、令月は自分自身が満足したことは一度もない。


 好いてもいない女を抱いても、まったく持って楽しくなかった。

 かといって、皆が噂するように男が相手ならいいというわけでもない。


 一度、色情霊が出るという噂の宿に泊まったことがあったが、直前で侍女に止められたことがある。

 あの時が一番興奮したので、自分が変わった性癖のある人間であると悟るのは速かった。

 この性分はそう簡単に変えられない。


(まったく……困ったものだな。国一番の妓女を組み敷いているというのに————)


 乱れて声を漏らしているのは珠華だけだ。

 さっさと終わらせて、人形が動くところを見たい。


(どこまでやればいい? まだか……?)


 だが珠華は珠華で、妓女としての自尊心が許さなかった。

 自分を相手にしているというのに、令月の体から熱が感じられない。

 いつも良いところで、あの人形に邪魔されるが、こんなことは初めてだった。

 それがあまりに悔しくて、どうにか令月を悦ばせようと手を伸ばしたその瞬間————



 ————ガタンッ


(え……?)


 大きな音のした方を見ると、人形が座っていた椅子が後ろに倒れていた。

 その椅子に座っていたはずの人形がいない。


(どこに行った……?)


 突然消えた人形。

 さらに、灯もだ。

 灯はつけたまま押し倒したはずなのに、部屋を照らしていたほとんどの行燈や蝋燭の炎が消えている。

 不思議に思いつつ、視線を珠華の方に戻した令月。


「うわっ!!!」


 珠華の肌けた胸元に人形がこちらを向いて乗っていた。

 正面を向いていたその瞳人形の黒目が左右、上下に激しく動く。


(なるほど……こんな状況なら、確かに夜伽なんてできるわけがない)


 普通の男なら、こんな気色の悪い怪現象に気持ちが萎えてしまう。

 まるで自分が、この気色の悪い人形を抱いているような錯覚に陥るだろう。


「…………はっ……ご覧の通りです。いつも最後までしようとすると、こうして邪魔をしてくるのです。間に割って入ってきたり、背後に立っていたり……ですから、他の殿方は恐ろしくて、逃げてしまいます。きっと、何かの呪いにでもかかっているのです」


 しかし、これは珠華にとっては母親が作った大事な人形だ。

 壊すことはできない。

 手放しても、戻ってきてしまう。

 だから、困って月宮殿の王弟殿下に引き取ってもらおうと思った。



「でも……————あの…………王弟殿下」

「ん? なんだ?」


 珠華は急に動いた令月のイチモツに触れる。


「なぜこの状況で…………こんなに硬くなっているのでしょうか? 私、まだ触れていませんでしたけど……?」

「……さぁ、なぜだろう?」



 そこへ部屋の中を覗いた妓女見習いが悲鳴をあげる。



「きゃああああああああああ!! 変態いいいいいいい!!!」




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