第14話 似ている二人


(どこまで行ったんだ。慧臣め……)


 慧臣も戻って来ず、妓楼は営業を開始したのか一気に騒がしくなった。

 上機嫌で笑っている男性客の下品な声、歌や琴、笛や太鼓の音がいろいろな方向から飛んでくる。


 一度、酒と料理を運んできた下女に事情を訪ねたが、待つように言われるだけ。

 仕方がなく、人形の向かいに座ってそれらに手をつけていると、そこでようやく噂の妓女が部屋に帰ってきた。


「————お待たせして申し訳ありません。珠華しゅかと申します」

「やっと来たか……」


 令月が振り返ると、珠華は胸元に手を当て、深々と頭を下げていた。

 顔も胸の谷間も、易々やすやすと見せる気はないのだとすぐにわかる。

 だが、よく手入れのされている黒髪と白い肌を見ただけで、令月は確かにそれが上等な妓女であることには納得した。

 顔も見えていないのに、ただそこに存在するだけで只者ではないと思わせるには十分すぎるくらい、それだけでも絵になる。

 そんな女だった。


「いつまでその体勢でいるつもりだ? この私をここまで待たせたのだ。存分に楽しませてもらわなくては困るぞ?」

「ええ、わかっております。ところで————令月様は女人には興味がないと聞いておりますが……私のような妓女がお相手して大丈夫なのですか?」

「お前もか……!! 全く……私はただの人間に興味がないだけだ。女人だからとか、ましてや、男色でもない」


 令月が否定すると、珠華はほっとして顔をあげる。


「それなら良かった。いくら私でも、殿方にしか興味のない方のお相手はできそうもないと思っておりましたので……」


 確かに珠華は、万来が言っていた通り、美しい容姿をしていた。

 令月自身は、やはり自分には及ばないと思っているが……


(この程度か。まぁ、確かに美しくはあるな————……ん?)


 その顔が、どこか見覚えがあるような気がして首をかしげる令月。


「以前、どこかで会ったことはないか?」

「え……? さぁ、私はこの密苑の外から出たことはありませんし……殿下ほどのお美しい殿方でしたら、一度見たら忘れないと思いますが」

「そうか……? なら、誰かに似ているのかもしれないな」


 それが誰なのかすぐに思い出せない。


(まぁ、いい。思い出せないということは、大した関係でもなかったということだろう……)


「それじゃぁ、まずは本当にこの人形が動くのかを確認しなくてはならないな。とっとと始めよう」

「え……? 何をですか?」


 令月は立ち上がると、珠華の腰に手を回して、自分の方に引き寄せる。



「夜伽に決まってるだろ」

「……まぁ、随分せっかちですのね」



 そのまま寝台に押し倒した。




 *




「へ……?」


 一方、慧臣が目を覚ますと、全く見覚えのない部屋に倒れていた。

 体を起こそうと力を入れようとしたが、なぜか縄でぐるぐる巻きに縛り付けられていて身動きが全く取れない。


(どこだ……ここ)


 まだ少し痛い頭で必死に考える。

 部屋の中は薄暗く、遠くの方で歌声や笛や琴、楽しそうな人の笑い声は聞こえる。

 縛られているせいで身動きは取れないが、状況から考えるに妓楼のどこかの部屋だろうと思った。

 内装は先ほどの妓女の部屋ほど広くも豪華でもないが、似ている。

 花のような甘い匂いは同じだし、女にうつつを抜かしている酔っ払いたちの会話も聞こえる。


(いくら俺が小さいとはいえ、そんなに遠くまで運べないはずだ……————豊玉楼のどこかの部屋か……? だとしても、なんで、俺がこんな目に?)


 状況が理解できない。

 こういう理不尽な状況になるのは、今までならばいつも父親のせいであったが、あのクソ親とはとっくに縁が切れている。

 それに王弟殿下の従者となってまだ十日。

 誰かから恨みを買うようなことをした覚えもない。


(一体誰が……? まさか……————令月様?)


 考えられるのは、誰かが令月の命を狙っているのではないかということだ。

 いくら変人で有名とはいえ、王弟殿下。

 宮廷の詳しい事情はまだ把握し切れていないが、王族であることには間違いない。

 それに噂では、このまま長兄である現国王に世継ぎが生まれなければ、王位継承権は兄弟の誰かに移ると聞いている。

 末弟である令月は一番その順位は低いはずではあるが、命を狙われる可能性がないわけではない。


(いや、でも……あの人が王様とか絶対無理だろう)


 月宮殿に置いてあった令月の収集品の中には、他国の歴史小説もいくつか置いてあった。

 それを少し読んだせいか、そんな大それた妄想をしてしまった慧臣は、首を横に振った。

 すると————


「————やっと目が覚めたか」


 突然聞きなれない女の声が聞こえて、声のした方を向く。

 ちょうど壁の影に隠れて見えていなかったが、部屋の隅に人が立っていたことに気がついた。

 それまで気配も何も感じなかったため、慧臣はひどく驚く。


「こんな調子では、任せては置けないね。まったく……少しは使えるのかと思ったのに」


 口調は大人の女性なのに、姿を見せたその女は少女だった。

 まるで作り物のような可愛らしい造形の顔に、前髪で眉が隠れている分、余計に大きく見える目が際立っている。

 年齢は自分と同じくらいか、もっと下のようで————


「ひっ……!?」


 その大きな瞳が、あの部屋にあった人形のようにキラキラと輝いて見えて、慧臣は大きな勘違いをしてしまう。


「に、人形!?」


(どうして、ここに……!? あの妓女の部屋に置いてあったはずじゃ……————いや、待て……こんなに大きいわけがない。あれはもっと小さかった……肌だって、塗装が剥がれていて————)


「は?」


 人形のような顔をした少女は、とても不機嫌そうに表情を歪めながらしゃがみ、慧臣の顔をじっと見下ろした。


「それは褒めているの? それとも、貶しているの?」

「ほ、褒めていま……す。に、人形のように、可愛らしい……顔をしているなぁと……」


 貶しているなんて言ったら、それこそ何をされるかわからない。

 慧臣は作り笑顔を浮かべて、できるだけこの少女の機嫌を損ねないように努める。


「ふーん。そう。褒めているのならまぁいいわ。そうようね、私の顔は世界一可愛いもの」

「は、はぁ……」


(なんだ、こいつ……)


 人形ではなく、生きている人間であることには間違いなさそうだ。

 自分の顔に相当自信があるらしい。

 自画自賛しているその様子が、なんだか令月に似ている気がして、少しイラっとする慧臣。


「————それで、あの……なんで俺は縛られているんですか? そして、あなたは誰なんですか?」

「ん? あぁ、縛ったことは別に意味がないの。そこはなんとなく、縛ってみたくなっただけよ。あなた、あの子の従者にしてはあまりに弱すぎるから、つい……ごめんなさいね」

「へ……?」


 少女は慧臣の体を縛っていた縄をほどきながら続ける。



「私は藍蘭————こう令月の侍女兼、護衛よ」


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