第10話 もう一つの簪


「どうする? 医官————確か、空言といったか? お前がしたことを全て話せば……この霊を祓ってやるぞ?」

「くっ……!! はら……う…………!? で、できるのか!? あんた見えてない……んだろ……ぅっ」

「失礼な。見えないからといって、祓えないとは限らないだろう?」


 月宮殿の王弟殿下が、こういう奇妙なものに詳しいのは宮廷で働くものにとっては有名な話だ。

 噂程度でしかないが、前にも悪霊を祓ったとか、呪いを解いたとか、耳に挟んだことくらいある。

 空言はこのままでは自分がこの霊に殺される恐怖に負け、全てを自白した。


「お、俺が殺した!! 侍女だったあの女の指示で……自殺に見せかけて————」



 *



 あれは、医官になってすぐのことだった。

 俺は色々な薬を作るのに夢中になっていて……

 そこで偶然生まれた毒の存在を、厨房で働いていた氷梨という女に知られてしまった。


 毒を作ったことを隠す代わりにと脅されて、あの女の指示に従った。

 ただそれだけだ。

 それに、あの女が言っていた。

 悪いのは、あの女が作った甘味を、「自分が作った」と嘘をついた桜琳だと。

 桜琳が先王の手つきになったきっかけになったあの甘味は、あの女が最初に考案したものだ。

 それを、桜琳が作って先王の心まで奪った。

 本当なら、自分が手つきになっているはずだったと……


 あの女は自ら桜琳の侍女に志願して、食事に俺が作った毒を混ぜた。

 俺も医官として、処方する薬に少し毒を混ぜた。

 桜琳はあの女を友だと言っていたが、全てはあの女の仕組んだことだ。

 俺は悪くない。


 桜琳の死が毒によるものだと、他殺だと悟られないように俺が偽装した。

 最初に発見したのが医官である俺だったから、誰も疑わなかった。

 目的は遂げたのだから、解放されると思っていたのに……

 氷梨はその後も、俺に同じことをするように言ってきた。


「すべてはあの方の指示」だと、言った通りにすれば報酬ももらえたから、それで新しい薬の研究も続けられた。

 先王が死んで、あの方もあの女も後宮を去った。


 やっと解放されて、自由になれたというのに……————

 死にたくない。



 *



「————死にたくない。助けてくれ、助けてくれ! こんなところで、死にたくない……!!」


 必死に懇願する空言。

 令月は呆れた表情で大きくため息を吐く。


「自分は殺しておいて、死にたくないとは……虫が良すぎないか?」

「それは……でも、俺は……———ヒッ!!」


 令月は自分の懐から金魚の銀簪を取り出すと、その尖った先端を空言の目に向けた。


「それともう一つ、言い忘れていることがないか?」


(え……? あれって、一体、誰の……?)


 押入れで見つけた桜琳の簪は、慧臣が持っているままだ。



「私の母を、殺したのもお前か————?」



 *



 翌朝、全てを自供した空言の証言により愛桜堂の桜の木の下から、白骨死体が発見される。

 残っていた衣と一緒に、金魚の簪と氷梨の名前が刺繍された手巾が見つかった。

 自殺した他の者たちの死も、行方不明となっていたその死体を埋めたのも、氷梨と空言によるものだと判明する。


 後宮を出て、田舎でひっそりと暮らしていた氷梨は捕まった後、拷問を受けたが、誰の指示で殺害したのかは決して口にはしなかった。

 しかし、彼女が最後に使えていたのは先王の四煌妃の一人。

 彼女の出世のことも考えれば、答えは明白だった。

 すでに亡くなっているそのお方を裁くことはできなかった。




「————それで合点様、あれから愛桜堂はどうなったんですか?」

「それが不思議なことに、空言と氷梨の二人が獄中で死んでからは、一度も現れなくなったんだ」


 後日、月宮殿を訪れた合点は、今回の問題が無事に解決した礼だと言って桃を使った甘味を持ってきた。

 愛桜堂を改めて片付けた時に、桜琳が残した甘味の作り方が書かれたものが見つかったらしく、試しに後宮の厨房で作らせたら美味いと好評らしい。



「きっと成仏したんだろうね。後宮の事故物件だなんて言われていたけど、今ではすっかり綺麗になってね、昨日から新しい御側室が入っているよ。ありがとう、本当に助かったよ」

「いえいえ、俺は何も。そもそも全部、あの桜琳様の霊が初めから訴えていたことですし……」


 幽霊が出ると噂になってしまっていたが、おそらく桜琳はずっと訴えていたのだ。

 人が寄り付かないようになっていたのをいいことに、桜の木の下に死体が埋められたのを見たのだろう。

 自分と同じように、あの二人に殺される人が他にもいるかもしれないと……


 ところが、見えたり聞こえたりした者たちは、幽霊が怖いと思うだけで近づかず、事件の証拠となるあの銀の簪にも気づかなかった。

 今回たまたま慧臣がその存在と意味に気がついた。

 ただそれだけのことだと、慧臣は謙遜する。


「ところで、王弟殿下はどこに? この甘味ならきっと殿下も気に入ってくれると思っていたのに……」

「ああ、それが、拗ねてしまって」

「拗ねた……?」


 令月はあの後、ずっと寝所に引きこもっている。

 それどころか、この二日ほど、ほとんど食べ物を口にしなくなった。


「あの状況で、自分だけが霊の姿を見れなかったのが気に食わないみたいで————犯人の二人もそうですが、捕まえに来た捕吏ほりや他の宦官にも桜琳様の姿は見えていたんですよ? なのに、自分だけ見えないから……」


 どうして自分には見えないのだと憤慨し、慧臣と同じように、空腹で三途の川を渡りかけようとしているらしい。


「そろそろ限界だと思います。この甘味、とにかく香りがすごくいいですし、甘いものは食欲をそそりますからね……そのうち出てくるでしょう」

「……本当に、変わっているねぇ、あのお方は」

「ええ、全くです」


(それにしても、結局、令月様が持っていたのは、誰の簪だったんだろう……?)


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