つぶあんぱんとこしあんぱんの見分けがつくようになった。

 数年前、つぶあんぱんとこしあんぱんの見分けがつくようになった。

つまり、あんぱんを割らずに、「つぶ」か「こし」か見分けがつくようになったわけだ。

なぜこんな力が身についたかは分からない。

そもそもこんな力、意味が無いだろう。

普通、つぶあんとこしあんのどちらかを自分で選んで買うんだから。


 ただ見分けがつくって言っても、中身が見えるわけじゃない。

あんぱんを見て、本能的に分かるって感じだ。

「あ、結構入ってるな」って感じで、つぶの多寡まで直感で分かる。

だからどうしたって感じだが。


 ところで、俺は普段はパンは食べない。

この能力に気づいたのも、割引だったから何となくあんぱんを買ったときだ。

いつもは通り過ぎる、職場の近くのパン屋。

「あんぱん割引」と大きく書いてあったから、何となく入ってしまったというわけだ。


 だが最近、妻が朝食にパンを出すようになった。

毎日ではなく、三日に一回くらいの頻度。

理由を聞いたら、「ちょっとしたチャレンジよ」と言う。

俺が仕事で不在の間に自分で焼いて、食卓に並べているらしい。


 ある日、あんぱんが二個食卓に並んだ。

「どっちがつぶだと思う?」と妻が聞いてきた。

「そっちだな」と右手で指さしつつ、左手でもう片方のあんぱんを取った。

「あら、分かるの?」と妻は残念そうにした。

「まあね」俺はそう言ってこしあんぱんを食べた。

俺はこしの方が好きだ。

それから何回かパン朝食の日があったが、あんぱんが並ぶことはなかった。


 数週間後、またあんぱんが食卓に並んだ。

「どっちがつぶだと思う?」と、妻がまた尋ねてきた。

どれどれ、ってあれ?どっちもつぶじゃないか。

「どっちもつぶだろ」俺はそう答えた。

「よく分かるわねえ」妻はまた、残念そうにしていた。


 両方つぶなら、つぶでもいいか……と手を伸ばそうとしたら、電話が鳴った。

電話を取ると、職場からだった。

どうやら、緊急の会議が入ったらしい。

「すまん、急に出勤だ。朝飯はいいや」

俺はそう言って身支度をし、家を出た。


 職場に行き、会議が終わった。

いつもより早く出勤する羽目になったので、今日は早上がりしてよいと言われた。

それはありがたい。

俺はいつもより早く、帰宅の途についた。


 家に着くと、鍵がかかっている。

どうやら妻はいないようだ。

無人の玄関に「ただいまー」と言い、家に入った。


 荷物を置いて食卓に行くと、あんぱんが二つあった。

ああ、朝飯の残りか。でも、どうして二個あるんだろう。

妻は食べなかったのかな?まあ、いいか。


 朝飯も食べなかったし、忙しくて昼飯も食い損ねたんだ。

腹が減ってるし、丁度よかった。

俺はあんぱんを一個手に取った。


 おや?なんだかつぶが多い。

こんなあんぱんは見たことがないな。

不思議に思い、あんぱんを割ってみた。


 たしかに、つぶがたくさん入っている。

まあ、手作りだからな。妻がたくさん入れたかったのだろう。

そんなことを考えつつ、割ったうちの片方を食べ始めた。


 すると、妻が帰ってきた。

「あら、早かったわねー」

妻は玄関で靴を脱ぎながら、そう言った。

「今日は早上がりだったんだ」と俺は答えた。


 妻が「あー、おやつ食べたいわ」と言いながら、食卓に来た。

そしてあんぱんを食べる俺を見て、「あら、食べてくれたのね」と言ってきた。

「おう、お前もおやつに食うか?」と言い、俺は割ったあんぱんの片割れを差し出した。

すると妻はうろたえ、「え?」と言ってきた。


 なんでそんなに動揺してるんだ。

「どうした?腹減ってるんだろ?」と言うと、

「い、いえ。あなたもお腹減ってるでしょう?」と返してきた。

「いいよ、別に。食べなよ」と促すと、妻は渋々あんぱんを受け取った。


 いったいどうしたんだろう。そう思っていると、妻が手を震えさせながらあんぱんを口にした。

何か様子がおかしいな。そう思いつつ、俺もあんぱんを食べ進めた。

間もなく、俺はあんぱんを食べ終えた。

食べ終えた俺を見て、妻は顔を青くした。


 不思議に思いつつ、俺は食卓を出た。

居間に行ってうとうとしていると、いつの間にか眠ってしまっていた。

夜になり、目が覚めた。そろそろ夕飯かな。

そう思って食卓に向かう。


 そこにあったのは、床に横たわる妻の体と食べかけのあんぱんだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る