俺、代返してないっす

 月曜一限ってのは、嫌だねえ。

俺は講義を受けながらそう思った。

今日は朝から経済学の講義だ。

必修だから、受講者はそれなりに多い。


 「はい、これ」

後ろの席から出席簿が回ってきた。

この講義は、名簿にチェックマークをつけると出席確認になる。

まあ、代返し放題のガバガバなシステムだな。


 さて、吉野葵は……と。

俺は名簿の中から、自分の名前を探した。

ん?既にチェックマークが付いているな。

誰かが間違えてつけたのかな。


 どうしたもんか。

まあ、間違えた奴が一回分の出席点を失うってだけか。

ご愁傷様、うっかりな誰かさん。

俺は出席簿を前の席の奴へと手渡した。


 次の週。

例の如く月曜一限に出席した俺は、後ろの席から出席簿を受け取る。

おや?またもやチェックマークが。

二週続けて間違えるなんて、変なこともあるもんだ。

困ったな、教授に相談するか。


 俺は講義が終わったあと、教授のもとへと向かった。

まあ、あとで代返とか疑われても困るしな。

教授は俺の話を聞いたあと、「……君が、吉野葵くん?」と聞いてきた。

「はい、そうですが」

「君の話は分かった。もう大丈夫だよ」

そう言って、教授は講義室を出て行った。


 「大丈夫」とは何だろう。

まあ、いいか。それより次は空きコマか。

俺は荷物をまとめ、図書館へと向かった。

空きコマのときは、こうやって自習をするのが習慣になっていた。


 そして、さらに次の週。

やはり、出席簿にチェックマークがついていた。

またか。三週連続となると、何かあると考えるのが自然だ。

自分の名を三週連続で間違えるなど、そうそうない。


 俺はその日の講義が終わると、すぐに教室の一番前に向かった。

そして大声で、「あの!!出席簿、いつも俺の欄にチェックしてる人いませんかー!!」と叫んだ。

だが、ほとんどの学生は気にも留めていない。

何人かは、くすくすと笑って俺の方を眺めていた。


 なんだか気味が悪い。

大急ぎで荷物をまとめ、ダッシュで教室を出た。

何が起こってるんだ?

俺、なんで笑われてたんだ?


 答えが分からぬまま、図書館に着いた。

学生証を取り出し、入場ゲートに通す。

だが、ぶーという音と共にゲートは俺を叩き出した。

何回通してみても、反応しない。


 俺の後ろに入場待ちの列が出来てしまったので、ゲートから離れた。

学生証をまじまじと眺めてみても、特におかしいところはない。

なんだろう、磁気の故障かな。

明日、教務課に持って行ってみるか。


 なんだか今日は奇妙なことばかりだ。

なんだかどっと疲れたような気持ちだ。

今日は家に帰って寝よう。

そう思い、俺は大学を出た。


 翌朝、十時くらいに目が覚めた。

疲れからか、いつもより長く眠ってしまったようだ。

いつもは朝七時には起きて、ニュースなんか観てるのになあ。

今日は午前休だから、別にいいけど。


 家を出て大学に向かうと、なんだか騒がしい雰囲気だ。

見回すと、マスコミかなんかが集団をなして学生にインタビューしている。

何かあったのかな。

俺はそれを横目で見つつ、教務課の窓口がある建物へと向かった。


 そこで俺を待っていたのは、意外な言葉だった。

「この学生証、再発行されていますよ」

「え?どういうことですか?」

「ですから、あなたが持っているのは無効化されているものなんです」

馬鹿な。俺は再発行なんかしていないぞ。


 困惑していると、さらに理解し難い言葉を投げかけられた。

「その学生証、

「いや、吉野葵って書いてあるじゃないですか」

「いえ、あなたは吉野葵ではありませんよ」

何を言ってるんだ!訳が分からない。


 俺はふんと窓口に背を向け、歩き出した。

階段を降り、建物を出る。

すると間もなく、一斉にフラッシュの光を浴びた。

まるで不祥事を起こした企業の記者会見みたいに。

困惑する間もなく、待ち構えていたかのように記者が押し寄せる。


 なんなんだ一体??

そう思っていると、記者が一斉に質問を投げかけてきた。

「替え玉受験をされたというのは本当ですか!?」

「ブローカーに三千万円支払ったというのは!?」

「今どんなお気持ちですか!!??!?」

「不正入学だと話題ですが!!??」

何だ何だ何だ何だ何なんだ。


 全く身に覚えのない話だ。

替え玉受験だ?三千万円だ?不正入学だ??

そんなことはしたことがない。

何だ。本当に何だ。

そう思っていると、近くを見覚えのあるグループが通りかかった。


 コイツら、昨日俺をくすくす笑っていた連中じゃないか。

何しに来たんだ。また笑いに来たのか?

困惑と怒りで訳の分からない感情になっている。

すると、連中の一人が俺を指さし、こう言った。


 「ご愁傷様、うっかりな誰かさん」


 俺の名は、奪われた。

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