熱と二人目

「エトワールが死んでいない……本当なの?」

「ええ。少なくとも彼のは未だ生きていると言えるでしょう」

「本体は…………それじゃあ死んだと言われてるのは――」

「エトワールはこの世界を創った際、世界と同化して『星の意思』となった。この世界でエトワールと呼ばれていたのは、端末の方、死んだとされているのも、彼です」

「………………なら、何でエトワールはわたしに会いにこないの? なんで、新しい端末を作らないの?」

「姫様…………大変申し訳ありませんが、そのことに関しては私にもわかりかねます」


 本当に――心底申し訳なさそうに言う彼に、わたしは何もいうことができなかった。彼自身も友人を亡くしているのだから。しかし、彼はすぐにいつもの笑顔に戻り、わたしに言った。


「お疲れでしょう、姫様。本日はもう、お休みになった方がよろしいかと」

「………………またこの階段を登っていくの? エレベーターとかないの?」

「ありません。大変申し訳ありませんがこればっかりは私にできることはございません。姫様、ファイト!」

「こいつ……」


 そうしてまた高い高い階段を息を切らせて登り続け、そのあと風呂や食事など諸々済ませた後、わたしは泥のように眠りについたのだった。

 

 そして次の日、無理が祟ったのか、軽く熱が出た。エナは体調を崩したわたしを気遣い、あわあわしながら世話を焼いてくれている。メモリの助言もあって、少々大袈裟だとは思うが、わたしは一日中ずっとベッドで眠ることになったのだった。

 暇だ。目をつむり、ベッドに横たわりながら、入眠と覚醒を繰り返す。時折執事型ロボットがやってきて、額の上の濡れタオルを交換して出ていく。そうして何時間経っただろうか。案外数分も経っていないかもしれない。数回目の覚醒を行ったその時、自分の傍らに誰かの気配がした。ちら、と横眼で見ると、ベッド付近の椅子に見知らぬ誰かが座っているのが見えた。

 咄嗟に身を起こす。長い土色の髪、陶器のような白い肌。何より――大きな光輪と、これまた大きな、真っ白の4つの翼。智天使ケルビムだ。わたしより1回りも2回りも大きな体をしており、座られている椅子はぎしぎしと悲鳴をあげていた。体に比例するように胸部は大きく、女性らしさを醸し出しており、機械であるだろうに何故か肉感的な動きをしていた。顔は胸部が邪魔でよく見えないが――目を閉ざしており、その下に通っている水色に光る線が、涙を流しているようだった。彼女は、口だけでにこやかに笑うと、わたしを安心させるように穏やかな声色で話しかけた。


「あらあら、そう警戒なさらないでください、姫様。私はトゥリア。『植物の多様性を守る』ことを使命とした智天使。普段はこの水晶宮から離れた場所にある農園で植物を育てたり、植物多様性保存センターにて絶滅種の保管なども行っております。貴女が普段食されているお粥の原料も作っているのですよ」

「そ、そう……いつもありがとう」

 

 謎のセンターはスルーして、これまでの礼を言う。彼女がいなければ食糧がなくて詰んでいた、ということだ。ちゃんとお礼が言えて、良かった。そう思っていると、おもむろに彼女は自分の懐――具体的に言うと胸部から、何か草のようなものを取り出して、わたしの額に着けられた濡れタオルにぺたぺたと張り出した。


「熱に効く薬草をいくつか持ってきました。姫様の治りが少しでも早くなれば、と」

「そこ収納スペースなの!?」


 わたしのツッコミを無視して、彼女はわたしの額に濡れタオルを戻した。自然と感覚が濡れタオルに集中する。薬草が張られたからか、少しスース―するような感触があり、かつての熱さまし用のシートが思い起こされる。


「…………それで」


 トゥリアが身を乗り出し、興奮したように口を開く。先ほどまで彼女が座っていた椅子は大きな音を立てて崩れていった。大きな身体を持つ彼女が立ち上がると、何とも圧がすごい。


「効果の方は、いかがでしょうか? 何かお体に変化は? 熱はお下がりになりましたでしょうか?」


 トゥリアは早口でまくし立てる。そうすぐに効果がでるようなものではないと思うが。まあ善意なのだろう。

 

「えっと……少しスッキリした感じがするよ。ありがとう」

「そうですかそうですか! えっと、この薬草は実際に冷感効果があり、要観察と……」

 

 トゥリアはたいそう嬉しそうにし、頭の中で記録を始めたようで、しばらくは彼女一人の時間に閉じこもってしまった。部屋に沈黙が訪れる。その後少しすると、彼女ははっとして申し訳なさそうにし、自らを恥じるように椅子を戻すと、座りなおした。


「申し訳ございません、姫様。つい、熱くなってしまって……。私は植物が好きなのです。育てるのも、美しい花を咲かせたり、散らせたりするのもそうなのですが、彼らの持つ特性――効能について強い興味を持っています。けれど、この楽園にはもう人がおらず、智天使たちには効果がありませんし、効能を試せる存在がいないのです。そんな中、お目覚めになられた姫様は唯一の人間ですので――」

わたしを実験体にしたと!?」

「そういうことに…………なってしまいますね…………」

 

 穏やかそうな見た目と態度に反して、結構マッドな性格なんじゃないか、この機械は。まあ良心はありそうなあたり、まだマシに思えた。


「あの、姫様、お願いがあるのですが――今後もまた、このように、植物の効能を試させてはくださいませんか? まだまだ気になる効果は山ほどございますし――」


 この智天使、わたしに定期的に被検体になれというのか。何とも図太い性格をしている。とは思ったものの、こういった病気や怪我が今後ないとも限らないし、薬ぐらいはどうにかできるようになった方が良いのではないか、とも思う。


「わかったよ。危なそうなものでなければ、できる範囲で、協力する」

「! ありがとうございます! そうと決まれば、次に試してもらう植物を決めないと……」


 やばい、安請け合いしたかもしれない。少なくともメモリと相談すべきだったか。遅かったか。まあ言ってしまったものはしょうがないとして、わたしは再び自分だけの空間に入り込んだトゥリアを何んとなしに見つめていた。またしばらくして、彼女は口を開く。


「ああ、そうだ。先ほどエナにも薬草を渡しました。今日のお昼は薬草粥となるそうです」

「そっか、まだお昼なのか…………ねえトゥリア。話し相手になってくれない? 暇だし。わたしもこの世界の植物について、興味があるの」

「! お任せください、姫様」


 そうしてトゥリアは早口で植物の知識について話し出す。こうして時間は過ぎていき、わたしの退屈も少しは紛れた。彼女のおかげか、わたしの熱は翌日になればすっかりと治り、清々しい朝を迎えることができたのだった。

 

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