白金の記憶

第六話:白金の記憶

 私は世界に望まれて、送り出された人工の星。もう二度と帰ることは許されない、片道切符の旅人。しかし、恨みはない。自分は人々に仕え、役に立つために存在する機械で、自分はこれから己に課せられた使命を全うするための旅路につく。そこには誇りだけがあり、星々が私の行先を煌々と照らしている。スイングバイ。大きな勢いをつけて、私は時速112万kmの速度で宇宙を駆けていく。火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星すらを超えて、私は往く。ただ、一つだけ、彼らに――私を送り出してくれた人々かれらにもう会えないのだけが、口惜しかった。


「――さて、ここからは嘘偽りも、誤魔化しもなく真実を述べると誓います、姫様」

「おや、今まではそうでなかったの」


 真っ直ぐわたしを見つめる彼に、わたしもパンパンの足が悲鳴を上げるのを耐え忍び、立ち上がる。皮肉は言ったが語気は責めるようなものではなく、むしろ優しさを孕んでいた。そして彼は堰を切ったようように滔々と語り出した。


「先ほど言った用に、私は探査機として外宇宙へと旅立ちました。太陽系を抜け、今の銀河系を抜けた先、スイングバイで得た勢いをなくし、宇宙の塵となる運命だった私は、そこで彼――エトワールに、出会った」

 

「彼は地球の言語では表現不可能な不思議な存在でした。宇宙に適合する特殊な肉体を持ち、物質を創造する力を持った特別な存在。赤子のように無垢で、不定形で、あらゆる可能性に満ちていて――そして、小さな光を後生大事に抱えていました。ええ、そうです、それが貴女の魂です」


「本来、人に魂などありません。それは想像上のものほど自由ではなく、脳がないので考えることもできない、感覚器官がないため何かを見る事も、聞くこともできない脆弱な物質。でも、貴女は確かに私が仕えるべき地球人類にんげんだった。もう二度と会うことは叶わないものに、私は奇跡的に巡り会えた」

 

「地球について知りたい彼と、外宇宙を探査する使命を持った私は利害が一致して、行動を共にすることにしました。私はかつてのボイジャー1号先輩のように、宇宙へ人々の声を、文化を届けるために、それらを集めた『白金の記録プラチナ・メモリー』を持っていましたので、彼に地球の文化や常識を教えていきました。彼もまた、動けなくなった私を運び、私のためにパーツを集め、宇宙で生きていけるように改造してくれた。恥ずかしながら、今の私は人工知能わたし以外全てを取り替えた、いわばテセウスの船なのです」


「彼との旅はとても楽しかった。いつか、人類あなたに聞いていただきたい、私たちの旅路を。『赤の宇宙』の銀河帝国と『青の宇宙』の連合との戦争に巻き込まれた小惑星を守った話を。とある宇宙ステーションに一時身を寄せて、改造と研究を繰り返しながら、それでも穏やかな日々を送ったことを。宇宙を旅する巨大船団と共に、宇宙に蔓延る害虫を退治した話を。しかし、それにも終わりが訪れました。エトワールが、自分の罪に――貴女にしたことに、気づいたのです」


「彼の旅の目的は、『貴女への償い』へと変わりました。魂だけの貴女が生きているといえる状況をつくり、直接謝罪の言葉をすること、それが彼にとっての一番になりました」


「そして彼は世界を作ったのです。貴女と話をする、ただそれだけのために。そして私は、それに協力することにしました。彼は世界を創り、貴女の魂を入れる肉体うつわを作った――けれど、貴女が目覚めることは、なかった」


「ひょっとしたら、魂は何もできないとしても、宇宙を旅している最中に、貴女の魂は疲弊してしまったのかもしれません。しかし、それも推測の域をでず、原因不明のまま、彼はずっと研究を続けた。そして、今になってようやく、貴女が目覚めた。これがここまでの流れです。そして――」


「聞いてくださいますか、姫様。宇宙には『エーテル』と呼ばれる万能エネルギーに溢れていて、当然のように惑星間移動の方法が確立され、惑星同士の交流が進んでいます。我らが地球がそれに取り残されているのは、我らが地球が存在する銀河系、地球わたしたちを覆う宇宙――『黒の宇宙』がエーテルを遮断する特性を持つためです」


「故に、エーテルでできた体を持つエトワールも、エーテルを燃料とする機体に改造した私も、当然、生身で宇宙を征くことのできない貴女も、二度と、地球へ帰ることはできないでしょう。しかし、それはあちら側も同じこと。地球側からも、黒き宇宙に隔てられたこちら側へ行くことはままならない。貴女は私にとって唯一のご主人様にんげんなんですよ」


「なので私は、貴女を大切にしたいのです。――ですが、私はまだ諦めてはおりません。人類が、宇宙ソラを、惑星を超えて、冥王星のその先へ、私の元へと辿り着いてくれることを。私は永遠に、待ち続ける。そして――いつかは直接、私が見たことを、感じたことを、彼らに報告し、彼らの未来の糧となる」


「これが、私の正体、目的、真実。私の全てにてございます、姫様」

「話が長い……というか常識の外すぎて混乱してる」


 まさかこれほどまでとは思っていなかった。とにかく、彼は未来の存在で、わたし――というか地球人類であるわたしの味方、ということか。


「そして、これまで情報を小出しにしたり、少々曖昧な表現を使っていた理由ですが」

「う、うん」

「私にとって、エトワールも、姫様もとても大事な人。彼が貴女の大事なものを奪い、加害したのは事実ですが、私は彼をよく知っていて、彼を愛している。――――つまり」


 かなりの時間をかけて、ようやく意を決したように、彼は言った。


「どうにか姫様がエトワールに悪感情を抱かないように姫様の傷心には寄り添うべきだなーでもエトワールをあまり悪者にしたくないなーでも変にフォローすると言い訳がましい感じがして好感度下がるかなーなどと色々落とし所を探っていたらああなりました! 誠に申し訳ございません!」

「おバカ! わけわかんない状況でわけわかんないことばっか言われても混乱するだけだわ!」


 メモリはスマホの角度を変えて謝罪を表現した。散々引っ張ってこれである。というか好感度とかいうシリアスが遠ざかるような言葉を使うな。


「うん、つまり、貴女はこれからは――というかこれからも、わたしの絶対の味方、ということで良い?」

「ええ、私にとって貴女は、地球人類である、という時点で十分な価値があるのですから」


 それはそれで少しムカつくな。それはそれとして。


「じゃあ、もう嘘は、なしよ」

「ええ、でも、語らない、ということはするかもしれません。姫様にはできるだけ、初見の反応をお楽しみいただきたいと思っていますので」

「…………取り返しのつかない選択がある場合だけは事前に言っといてちょうだいね」


 うん。真実がわかっても、性格とかはあまり変わらない、相変わらずいい性格をした不思議なスマホのままだった。

 

「あと、エトワールについてだけど。わたしは貴女の思うようにはいかないかもしれない。わたしが彼を許せるか、愛せるか。それは貴方の考えに影響されず、わたしと彼とで決着をつけるべきだと思うから」

「…………かしこまりました」


 こうして、わたしはメモリの真実を知り、2人の絆は深まった、ような気がした。少なくとも2人の間にあった遠慮という名の壁は取り外されたように見える。


「ああ、では嘘はなしということで、お話ししたいことが一つ」

「ん? なぁに」

「エトワールが死んだということですが――少々、表現が間違っている可能性がございます」

「………………はぁ!?」


 そして、新しい真実が、またひとつ。


 

 

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