メモリ
メモリを持って自室に戻り、一人がけのソファに腰を下ろす。先ほどのエナとの会話とかつてメモリから聞いた情報、それを合わせて得た“違和感”に、わたしはすでに気づいていた。
「メモリ、貴方はいろんなことを隠している、違う?」
「…………」
そう切り出すと、彼はだんまりを決め込む。これまで数日過ごしてきただけだが、実のところ彼のこういった人間らしいところは、嫌いではなかった。
「さっき、エナにエトワール“様”について話を聞いていたの。快く答えてくれた。貴方にも、話を聞きたいの」
「はい、彼のことなら、何でも」
そう言った彼の言葉を遮る。
「その前に、貴方自身について聞かせてほしい。冷静に考えてみれば、貴方がわたしを姫と慕う理由も、よくわからないし」
「それは、私が機械で、貴女が人間だからですよ」
「ほら、またよくわからないことをいう」
拗ねたようにそういうと、相手もまた、口を尖らせるような表情を作った。わたしは、できる限りの真剣な表情をして、彼に向き合う。
「いや何、貴方自身について、わたしはあまりに知っていることが少ないなって思っただけ。この世界に来て、初めて会った人? だし、わたし自身貴方のことが知りたいの。それに、エトワールについてエナから聞いたことで、少し違和感があった」
「違和感……ですか?」
「エナは貴方のことを“統括”と呼んでいる。だから、わたしは貴方を、エナと同じ楽園を管理するAIで、少し立場が上程度に思っていたのだけれど……エトワールはこの世界での最高権力者で、エナは彼に対して最大限の敬意を払っていた。のにも関わらず、貴方は彼のことを呼び捨てにしていた。つまりそれができるような……特別な立場に貴方はいたということだよね?」
「…………はい」
「答えてほしい。――貴方自身のこと。付き合いは短いし、貴方は隠し事が多いようだけれど、貴方はわたしに悪意を持っているようには見えない。わたしは貴方を心から、信頼したいと思っている。だから、貴方のことを知りたいの」
思いの丈全てを言葉にする。すると、彼は観念したように口を開いた。
「かしこまりました。全てお話しましょう。ですが、話すよりも見た方が早いかと。――こちらへ」
彼は浮いて、わたしを先導する。進む先は、水晶宮の階段の辺り。彼に導かれるまま近くの花瓶の底のスイッチを押すと、扉が開く音がした。階段の後ろには、床が開いており、地下への階段が現れている。
「暗いのでお気をつけて。最下層――そこに、真実はあります」
大きな螺旋階段を降りていく。壁にはぼんやりとした灯りがところどころある程度で、底は真っ暗闇だった。暗闇といつ終わるのかわからない長い階段は、わたしの心を不安にさせるのには十分だった。
「つ……疲れる……」
それに足にもくる。ただでさえ体力が落ちているのだ。休みたくて仕方がない。
「…………引き返しますか?」
メモリが優しい言葉をかけてくる。でも――
「いいや、降りるよ」
わたしは疲れた足に鞭を打って、階段を降りていく。
「ふう、ふう、これで、最後ぉ!」
ようやく訪れた最下層、わたしは最後の一段を降りると同時に勢いよくその場に座り込んだ。そうしたわたしを見下ろすように、わたしに大きな影が落ちた。上を見上げ、影の元を見る。
そこには大きな機械が安置されていた。大きなアンテナのようなものと、それによくわからない部品がくっついた、とても大きな機械。それはボロボロで擦り切っており、もう動くことはないのは明らかだった。具体的にどういったものかはわからない。けれど、一つだけわかるものがあった。それは機械にプリントされている、掠れた宇宙研究機構のマーク。それはわたしも見たことがある――地球のもの、だった。
「これは…………宇宙探査機?」
「はい。これが、私の……本当の、本来の姿です、姫様」
唖然とするわたしを見て、メモリは説明を続ける。
「ボイジャー3号。2225年に地球を出立し、片道切符の旅に出た太陽系外探査機。貴女の未来に、未来の
そういうメモリの声は真剣で。わたしはその言葉を信じるしかなかった。
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