桐谷郵便局と書かれた看板を見上げる。古く、カビが生えたような見た目に思わず康太は顔をしかめた。

 ネットに出てきた桐谷郵便局は、もう少し色彩が豊かであっただろう。ネットに出てきた写真と本来の姿がなかなかリンクせず、彼は、間違えた場所に来たのではないかと一抹の不安を覚える。


 写真と睨めっこをしていると、郵便局のドアが開いた。右手には塵取り、左手にはホウキを手にしている女性が現れる。眼鏡をかけ、長いエプロンを身にまとった、素朴な、しかし綺麗な人であった。

 

 クローズと書かれていた小さな板を少し考えてからそのままにした。

 そして、小さく伸びをすると、ドアの周りの枯葉に注目する。強風が吹いているわけではないが、まだ二月である。風にあおられ舞ったであろう葉っぱが何枚か落ちていた。


 ホウキで、それらを掃こうとする女性に、康太は声をかけた。

「あの、すみません。桐谷郵便局って、」


 だんだんと声が小さくなる康太の言葉を、女性は続けた。

「はい、こちら桐谷郵便局です。本日は営業しておりませんが」


 康太は、ネットで見たブログを思い出した。水曜日の客です、と言わない限り、一般の客は中に入れてもらえないようだ。


「あの、す、水曜日の客なんです」

 喉に絡みついたような声で康太は言った。女性は、目を丸くする。


「そうでしたか。失礼しました。少々お待ちください」


 女性はそう言うと、郵便局内に吸い込まれていった。まだ朝の八時三十五分である。思い立った康太は、その足で桐谷郵便局に向かったのだ。

 早すぎただろうか、と少し申し訳なく思った康太であったが、開店時間や閉店時間は桐谷郵便局には書かれていないため、きっと大丈夫だろうと思いなおす。


 数分後、扉が開いた。ドアから顔をのぞかせた女性は、眼鏡をかけていない。この短時間の間にコンタクトに変えたのだろうか。そう考えながらも康太はそのまま店内に入った。




「お客様のご用件は何でしょうか」

 受付に案内された康太は、勧められるまま、椅子に腰を掛ける。透き通った女性の瞳に見つめられ、身が縮まる思いだった。一呼吸おいてから口を開く。


「前、言おうとした俺の言葉を、届けてほしいんです」


 女性は目を細める。

 康太は、女性の胸ポケットに安全ピンで名前カードが止められているのを目にした。どうやら、名を田村というようだった。


 少し時間をおいてから、女性は口を開いた。康太は、胸の鼓動が速くなっているのを感じた。緊張が走る。

 女性は、手を机につき、前かがみの姿勢になった。


「わかりました。それではお客様、あちらにソファーがあるのですが、そちらに横になってお眠りになってください」


 康太の口から間の抜けた声が漏れる。

「え?昔の言葉を伝えるんじゃ、」


「はい、桐谷郵便局の水曜日の仕事は左様でございます」

「じゃあなんで」


 女性は立ち上がって体を伸ばした。

「眠っている最中に、記憶は整理されます。私たちはお客様の記憶をたどり、そのときに言葉を届けますので、お客様の純粋な記憶をたどるにはお眠りになっている時の方が仕事を行いやすいのです」


 そして、受付の奥にあるソファを指さす。

「それではお客様、あちらのソファに横たわっていただけますか」

康太も立ち上がって首を振る。

「まだ八時すぎですよ。起きたばかりです。そんなすぐに寝れませんよ」

「その点においては、ご心配なさらずに。紅茶などをお持ちして、リラックスした状態になっていただきますので。最短で眠りにつくのに五分でしょうか。最大でも三時間ですし」


 口を開きかけた康太を女性はソファに案内する。康太は諦めて、そのままソファに座った。ソファは、自分の体にフィットするようなタイプのもので、心地が良い。


「では、何かお飲み物をご用意しますね」

 そう言った女性に、結構です、と康太は言う。

 これから、あの記憶を思い出すのである。そのような力が抜けた状態で、あの記憶を思い出すわけにはいかなかった。あさひに申し訳なく思えるのだ。


「そうですか」そう女性は言うと、踵を返す。しかし、歩を進める前に振り返った。


「言い忘れていましたが、目が覚めた時は翌日の朝で、お客様はご自宅にいらっしゃることになります。その時、今の状況と変化しているかもしれませんが、このままの状態が続くことも考えられます。どちらに転がるかは私も存じません」


「朝?家に帰っているんですか?」

 驚きを隠すことができない康太と対照に、女性は表情を変えずにうなずく。


「はい、お客様は、朝にご自宅で目を覚ますことになります」


 彼女は、まだ何か言いたそうな康太を少し面倒くさそうに見る。そして、彼の質問を聞く前に、話を切り上げてしまった。


「それでは、いい夢を」


 康太が止めようとしても、女性は会釈をして去ってしまった。康太は小さくため息をついてソファに身を預けた。しかし、彼女の一定の足音のリズムを聞いているうちに、だんだんと瞬きの回数が増える。数分経っただろうか。彼は、眠りに落ちていった。

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桐谷郵便局の届け物 白秋詩依 @shihakusyu

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