第2話


「じゃあ今日は、自己紹介から始めたいと思います。とりあえず席順でいいかな? それじゃあ、廊下側からにしようかな。渡辺わたなべさんからお願いします」

「はい」

 新学期二日目。

 毎年恒例の自己紹介が始まった。

 今年の担任は淡白なひとのようで、くじ引きやランダムに生徒を指していくのではなく、席順で始めた。私に近い廊下側の前からだ。

「……はい、ありがとう。じゃあ次は山内くんお願いします」

「はい」

 じぶんの番が回ってきた山内くんは、起立して柔らかな笑みを浮かべた。

「山内ひなたです。昨年はちょっと、いろいろあって学校をサボりがちだったけど、今年はちゃんと通う気でいます。あーでもテスト期間は例外かも。なんてー」

 クラスが笑いに包まれる。

「えーっと好きなものはなんだろう……読書、とか?」

「いや、ぜったい嘘だろ」

「ひでー! マジだし!」

「あはは」

「そんで、きらいなものはー……」

 山内くんが少し言い淀んだところで、質問が飛んだ。

「ねぇ、なんでいつも手袋してるのー?」

「あーそれ俺も気になってた。寒がりかよー?」

 山内くんの手元を見る。たしかに、新学期が始まってから、彼は必ず布の白い手袋をしていた。どうしてだろう、と私も密かに気になっていた。

「あぁ、これ? 違うよー。俺、汗っかきだから手袋してないと落ち着かないんだよねぇ」

 クラスメイトの質問にいやな顔をするでもなく、山内くんはひらりと笑う。

「なんだよそれー」

「想像以上にくだらなかったー」

 再びのびやかな笑い声が教室に響いた。

「ほら、町井まちいさん、そういうことを聞くのはあまりよくないですよ」

「はーいすみませーん」

「いいよーべつに」

 ひらひらと笑う山内くんの横顔を見つめながら、私は密かに感心する。

 ……すごいなぁ。

 きっと、山内くんにとってこの手袋は、じぶんのコンプレックスそのものだっただろう。本当なら話題にすらされたくなかったはずだ。

 それなのに。

 こんなに華麗にかわせるんだ……。

 彼が人気者である理由が、なんとなく分かった気がした。

 山内くんはいわゆる陽キャというやつで、いつだってクラスの中心にいる。

 優しくて明るくて、だけどちょっとマイペース。

 高校生を全力で楽しんでいる山内くんは、どこまでも眩しい。

 イメージは、ゴールデンレトリバーのようなひとだ。カリスマ性があって、懐っこくて、陽だまりのように優しい雰囲気を持っていて、とにかく私とは住む世界線がまるで違うひと。

「じゃあ次、御島さん。自己紹介お願いします」

「……はい」

 私が自己紹介をする番がきた。音を立てないように、ゆっくりと椅子から立ち上がる。

「えっと……御島、愛来あきです。出身は県外なので、今はひとり暮らしをしています。……好きなことは読書、きらいなことは運動……です。よろしくお願いします」

 小さな声で、あらかじめ用意しておいた自己紹介を述べて、さっと椅子に座る。

「はい、ありがとー。じゃあ次は室井さん」

 机に手を置き、小さく息を吐く。

 よかった……噛まずに言えた。

 緊張から解放され、次のひとの自己紹介を聞くふりをしつつぼんやりと床を眺めていると、ふと視線を感じた。

 ちらりと隣を見ると、やっぱり。山内くんがじいっとこちらを見ていた。

「……な、なに?」

「御島さん、愛が来る、なんてめっちゃいい名前だね」

「えっ……」

「御島さんってひとり暮らししてるんだ? でも、なんでわざわざ地元を離れてこんなとこに進学したの? うちってべつに、特に有名な学校でもないのに」

 山内くんの問いに、私は少し迷いながらも答えた。

「……ひとり暮らしができるから」

「ひとり暮らしがしたかったの? ……ふうん。ひとり暮らしかぁ……。でもさ、それってちょっと寂しくない? 家に帰っても、だれもいないんでしょ?」

「べつに……自立できるし」

 寂しくなんてない。

 そう、心の中で呟く。

 嘘じゃない。慣れてしまえば、だれかと過ごすよりずっと楽だと思う。

 そう言うと、山内くんは心底驚いたような顔をした。

「わぁ、マジか。えらいなぁ。俺なんて未だにお母さんに起こされないと朝起きれないのに」

 と、山内くんはのんびりとした声で言う。

「そうなんだ……」

 その姿が容易に想像ついて、思わず笑みが漏れた。

「あ、笑った」

 私が笑うと、山内くんもなぜか嬉しそうにはにかんだ。

「わ、笑ってない」

「嘘だ。笑ったよ、今」

「笑ってないってば」

 子どものような言い合いをしていると、

「こら、そこのふたり。仲良くなるのはいいけど、今は私語慎んで。ちゃんと自己紹介聞く」

 先生のお叱りが飛んできた。

 じぶんが怒られたのだと気づいた瞬間、ぴっと背筋が伸びた。

「あ、すみませーん」

 山内くんは涼しい顔で流したが、普段大人しいタイプの私は先生に怒られることはほとんどないので、ちょっと放心状態になる。

「す、すみません……」

 しゅんと小さくなって、ふと考える。

 そもそも話しかけてきたのは山内くんなのに、なんで私まで。

 と、視線で抗議をすると、山内くんはぺろりと舌を出して「ごめん」と笑った。

 いたずらっ子のように笑う山内くんに、私は苦笑した。


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