第3話
それからというもの、私はことあるごとに山内くんに話しかけられるようになった。
朝や休み時間、移動教室のときだけでなく、昼休みや放課後も。
昼休み、私はいつも自席でひとりでお弁当を食べている。
新学期が始まってからの山内くんは、仲のいい男子たちと騒ぎながら食べていたが、なぜだか最近は山内くんも自席に座って、ひとりで食べるようになった。
もしかして仲の良かった男子たちと距離を置いているのかと心配になったが、お弁当を食べながらも大きな声で会話をしたりしているから、ハブられたとかではないらしい。ただ、それぞれ自席で食べるようになっただけのようだ。
ほかの男子たちは、じぶんのお弁当が食べ終わると、ちょこちょこ山内くんのところへやってくる。そのため、私は自ずと山内くんの席へやってきたほかの男子たちと話す機会が増えていった。
山内くんは基本、私に疑問形で話を振ってくる。
「ねぇ、御島さんってさ、お弁当、いつもじぶんで作ってるの?」
「……うん、まぁ」
「ひとり暮らしなのにすごいよな。朝とか大変じゃない? あ、目覚まし何個かけてる? 俺はねぇ、四つ! でもぜんぜん起きれねぇ」
「お前は起きる気がなさすぎるんだよ。少し自覚しろ! ねぇ、御島さん?」
「そ、そうだね」
突然ほとんど話したことのない男子に話を振られ、私は慌ててこくんと頷く。
「えー御島さんって、ひとり暮らしなの?」
「すごーい」
「家事とか大変?」
「え? えっと……」
いつの間にか、私の周りには男女問わずたくさんのひとが集まってきていた。いろんなところから声が飛んできて、頭が真っ白になる。
そのときだった。
「うわ、それ美味そー!」
すっと、空気を切り裂くようにまっすぐな声が飛んできた。
顔を上げると、山内くんが私を見ている。
「ねぇ、御島さん。その卵焼きと俺の唐揚げ交換しない?」
一瞬、なにを言われたのか理解できなかった。
「御島さん?」
山内くんが、もう一度私の名前を呼ぶ。ハッとした。
「……あ、い、いいよ。申し訳ないし」
すると、山内くんは首を傾げた。
「もしかして、唐揚げきらい?」
「……いや、そうじゃないけど、でも唐揚げと卵焼きじゃ釣り合わないし……あ、ほら、オリンピックで言えば金と銅くらい違うと思うから」
すると、山内くんは一瞬きょとんとしてから、どっと笑った。びっくりして、私は山内くんを見つめたまま固まる。
「あははっ! なにそのたとえ! ウケるね、御島さん!」
「そ、そう……?」
「そうだよ! うちのお母さんさ、唐揚げを揚げるのだけはめちゃくちゃ上手いんだよ! ほら、食ってみ! 代わりに卵焼きもらうよ〜」
「あっ……」
そう言って、山内くんは私のお弁当箱の蓋に唐揚げを置くと、素早く卵焼きを取った。そのまま、ぱくっと勢いよく頬張る。
私のお弁当から抜き取られた卵焼きが山内くんの口に入るその一瞬が、まるでスローモーションのように感じられた。
「取られた……」
思わず呟くと、山内くんが私を見た。
「え? あれ、もしかして、好物とかだった? うそ、マジごめん! このウインナーもあげるから許してよ! ごめんごめん」
途端に慌て出す山内くんに、私は思わずぷっと吹き出す。
「……え、え? なに?」
肩を揺らす私に、山内くんがきょとんとした顔をした。その顔がなんだかおかしくて、私はさらに笑いそうになるのをこらえる。
「え、ちょ、御島さん?」
そわそわする山内くんに、私は笑ったせいで溜まった涙を拭いながら言う。
「も、もしかして泣いてる……?」
涙を拭う仕草で勘違いしたのか、山内くんはさらにとんちんかんな誤解をしたようだった。
さすがに可哀想になって、私は弁明する。
「違う違う。こんなの、食べ飽きてるからいくらでも食べていいんだけど。ただ、さっきの山内くんがなんかおかしくて」
そう言うと、山内くんは一瞬きょとんとした顔をしてから、破顔した。
「うわー、なんだよ、驚かすなよ! やっちゃったかと思ったじゃん!」
安心したのか、山内くんはとびきり大きな声を出す。
「山内うるせぇ」
「焦ったんだから仕方ないだろー」
「ほらー、御島さんびっくりしちゃってるじゃん」
「ふふっ……ははっ」
「あっ、御島さんが笑った!」
「なんか新鮮〜」
「だって、なんか山内くん面白くて……ふふっ」
いつの間にか、じぶんの唇から笑い声が漏れていて驚いた。
こんなふうに誰かと話していて笑うのは、いつぶりだろう。
不覚にもこのとき私は、学校生活が楽しい、なんて思ってしまった。
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