第40話 黒幕との戦い

「動機は、やっぱり復讐?」



「当然。この茶番のせいで俺の家族もアレンの家族も皆殺しにされたんだ。あのシャムスにな」



 先ほどまで余裕綽々だったヘンリーの表情が曇り始める。



 多くは語らなかったが、話の筋からしてアレンの家族はオーウェル伯爵の家で働いていた従者だったのだろう。そして、なんらかの理由でふたりはその惨劇を逃れられた。



 その時ヘンリーは八歳で、アレンは十歳。その後はふたりとも孤児院に引き取られた。そんなことを、以前ほのめかしていた気がする。



「本物のセレニアが死んだ時、お父様は真実を示した手紙を渡してアレンと俺を逃がしたんだ。お父様たちが殺されたのは、その翌日──十年前の今日だったよ。多分、お父様は自分が殺されるかもしれないって予想していたんだ」



「へえ……じゃあ、お前らは最初から俺の正体を知っていたって訳か」



 セレニア様が腕を組みながらヘンリーに尋ねる。自分の正体が知られているのなら女性のふりをする必要もないと思ったのだろう。声も元の低い男性のものに戻っていた。



「でも……俺もお前がシャロンだってことは気づいていたぜ」



「ああ、やっぱり? ハーストなんて全然気づいてなかったのに……まあ、あいつ、人の顔なんて見てなさそうだし、無理はないか。俺がシャロンだって気づいた時のあいつの顔、お前にも見せてやりたかったよ」



 お互い「死んだ」と思われていた幼馴染の再会のはずなのに、感動のかけらも感じない。それどころか、ヘンリーは話の最中に下ろしていた剣を再びセレニア様に向けている。



「さて、もうそろそろいいだろ? 正解だよ、セナ。百点満点だ。あとはこいつに死んでもらって、俺たちの復讐は終わりだ」



「おいおい、勝手に終わらせるんじゃねえよ。こちとらクソ親父をぎゃふんと言わせるまで死ねねぇんだ」



「それは残念だ。だって、シャムスはもう死んでいる」



「何?」



 セレニア様の顔が歪む。そのリアクションを見て、ヘンリーは嬉しそうにさらに語る。



「シャムスだけじゃない。ルーナも、サムソンも、全員俺がこの手で仕留めてやった。あとはお前だけなんだよ、セレニア様!!」



 高笑いしながらそう言うヘンリーの顔は、興奮のため赤くなっていた。そんな瞳孔が開くくらい気持ちが高ぶっている彼を見ながら、セレニア様は「ふぅ……」と嘆息をついた。



「なら……なおさら死ねないな!」



 そう言いながらセレニア様はドレスの裾に手を入れて、一気にヘンリーに駆け寄った。



 セレニア様が裾に入れた手を振りあげる。出てきたのは刃渡り十センチほどの短剣だった。この瞬時の猛攻にはヘンリーも驚いたようで、目をみはったまま停止していた。だが、そんな彼らの間に割り込んだのがアレンだった。



 アレンが持っていた剣でセレニア様の斬撃を受けとめる。これまでピクリと動かなかった彼がいきなり行動に移してきたので、セレニア様もぎょっとしていたが、すぐにニヤリと笑った。



「なんだ……お前、でくの坊じゃなかったんだな」



「生意気だけど、あれでも雇われ主なんでね」



「なるほど。ご主人様の仕事の邪魔はさせないって訳か」



 セレニア様が短剣を押し込んでアレンと距離を取る。その間にアレンも臨戦態勢を整えていた。



 剣の構えや視線を見たところ、まったくの素人という訳ではなさそうだ。いくらかはアレンもオーウェル伯爵かヘンリーに稽古をつけてもらったというところだろう。だが、その細身からわかるように筋力はない。私ならば、彼に勝てる。けれども、私の相手はアレンではない。



「さて……俺もそろそろ証明してやろうか。セナ──きみが立派な駒になってくれていたってことを」



 ヘンリーがセレニア様に向けていたはずの切っ先を私に向け直す。私を倒してからゆっくりセレニア様にトドメを刺すつもりらしい。



 震えた手で剣を構える。鞘は、やはり抜けない。目の前に自分の主人を脅かす敵がいるというのに、剣が抜けないなんてお粗末な話だ。だが、私がこんなことをしている理由を知っているのは、残念ながら敵であるヘンリーだけであった。



「騎士の穴はきみなんだよ、セナ。だってきみ──人を切れないだろ?」



「……なんだと?」



 これに一番驚いていたのは他でもなくセレニア様だった。けれども、こんな無様な姿を見られてしまったら、もう誤魔化しようがないだろう。鞘を抜いていないのに、剣を構えるだけで体が硬直するくらい緊張している私を見れば、誰だって。



「行くぞ! セナ!」



 ヘンリーが私に突っ込んでくる。突っ込んでくると同時に振るってくる斬撃。その速さはギリギリ目で追えるが、抑え込むのは難しいだろう。



 咄嗟に後ろに飛ぶと、服の裾がヘンリーの切っ先をかすめた。ひやりとしながらやぶれた服を押さえる。幸い切れたのは服だけで、肌は無事だ。



 だが、私が安堵する一方で、ヘンリーは不機嫌そうに眉をひそめた。襲撃犯や他の騎士たちはこの一撃で葬ってきたから、私に避けられたことが悔しかったのだろう。



「うわ、一発じゃ決まらなかった……でも、それもいつまで続くかな」



 ニヤリと笑うヘンリーが床を蹴る。その一歩だけで一気に私と距離を詰めたヘンリーは振り払うように剣を振るった。



 咄嗟に押さえ込んでみるが、彼の猛攻は続く。右へ、左へ、まるで私を弄ぶように剣を突いてくる。ここまで来ると私も反射神経に身を任せて彼の斬撃を防ぐことしかできない。



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