第39話 答え合わせ

「正直、きみに対する疑惑が持ちあがったのは昨晩だった。『セレニア様の殺害をほのめかすような脅迫文を送ったのは、ヘンリーじゃないか』ってね。多分、それはハースト様も気づいていたと思う」



「ああ。だからあいつ、城の中をうろちょろしてたんだ。んで、なんでそう思ったの?」



「単純にきみがセレニア様宛に脅迫文が送られていることを知っていたからだよ。城の中で脅迫文のことを知っていたのはたったの三人。当事者であるセレニア様ですら知らされていなかったんだ。そんな機密情報を他に知っているのは、その脅迫文を送った犯人だけだ」



 なるべく淡々とした口調で私の推理を告げる。だが、当のヘンリーは「えー」と不服そうだ。



「でも、他の人も知っていたかもしれないじゃん。たとえば、あの時の騎士試験受験者とかさ。騎士になれば、内側から城を攻めることなんて楽勝でしょ?」



「そう……だから余計なことをしゃべらせないために他の受験者を殺したんだ──襲われたふりをして、ね」



 そこまで話すと、ヘンリーの眉がピクリと動いた。どうやら図星だったらしい。



「ここ最近、二件立て続けに城の騎士が襲われた事件があっただろ? その事件にはふたつ共通点があった。ひとつは、犯人が私たちが受けた騎士試験の受験者だったということ。そしてもうひとつは、襲われた騎士が二件ともヘンリー……きみだったことだ。ここは多分、アレンの協力もあったんじゃないかな」



 アレンに視線を向けても、彼は何も言わなかった。だが、否定もしない。



「襲撃事件について手を回したのはアレンだ。大方、金でも握らせたんだろ。あの人たち、金にがめつそうだったから、手玉に取るのは簡単だったと思う。アレンは自分の店を持っているから、秘密の話なんて店でいくらでもできただろうしね」



「それはどうだろ。俺があいつらに命じたのかも」



 アレンの疑惑に対して割り込んできたのはヘンリーだった。私の見解に一個くらいいちゃもんをつけたいみたいだ。けれども一応これにも理屈はある。



「流石に『自分を襲え』なんて依頼は胡散臭く感じるんじゃないかな。それに、最初の襲撃事件で城の塀を壊した時の爆発物……それを作ったのって、アレンだろ?」



 これまでリアクションひとつしなかったアレンの目がわずかに大きくなる。どうやらこれは正解らしい。



「前、アレンの買い物途中に私とヘンリーが出くわした時があっただろ? その時に『闇市で買った』と言っていたあの薬品……あれが爆発物の材料だったんだ。多分、今日の襲撃でも使うから、買い足しに行っていたのだと思う」



「液体が爆発物に……? そんなことができるのですか?」



 この話に入ってきてきたのは、意外にもセレニア様だった。



「私も詳しくはわかりませんが……液体が材料になる爆発物があるのです。私の世界では、それを『ダイナマイト』と言っていました」



 本……というか、前にも話した科学を題材にした漫画で得た知識だが、ダイナマイトを作るのに確か混合液を必要としていた。



 あの時アレンが持っていた薬は硝酸か、それとも硫酸か。本人も「皮膚が溶ける」なんて言っていたから、劇物であることは間違いないだろう。



 それに、アレンは科学者でもある。ダイナマイトの作り方を知っていた可能性は十分に高い──それが「ダイナマイト」と呼ばれているなんて知っていたかどうかは置いておいて。



「あとは自分が襲われたふりをして、彼らの口を封じれば完璧だ。まあ、イワン団長が受験者の顔を覚えていたことは、きみたちも想定外だっただろうけどね」



「そう。そうなんだよ」



 ヘンリーが興奮気味で食いついてくる。彼らの計画の汚点はここだったのだろう。だから黒幕の正体が知られないうちにイワン団長は襲われたのだ。



「でもさー、普通たった数十分程度会った人の顔なんて覚えてるとは思わないじゃん? ましてや再会した時は死体だよ? イワン団長が異常なんだって」



「そうかな。イワン団長は騎士たちの上に立つ人間だ。あの大人数の騎士たちをまとめあげているのだから、人の顔を覚えるくらいお手の物だったと思うよ。それより……私に脅迫文のことを話したほうがまずったんじゃないのかい?」



 私に脅迫文のことを話さなければ、私もハースト様もヘンリーのことを怪しまなかったはずだ。



 ただ、私は『シャロン・オーウェルがすでに死んだ人間』と聞かされていたから、ヘンリーがシャロンだと結びつかなかったというだけで。けれども、ヘンリーは自分の失態を否定をしなかった。



「アレンには『余計なことを話すな』って怒られたけどね。でも俺はセナに話しておいてよかったと思っているよ。どこかで絶対に駒になってくれるって思っていたからね」



 ヘンリーが「ふふん」と得意気に言う。この段階でここまで言い切れているということは、私は今、彼の駒であるということなのだろうか。癪に障ると同時に一抹の不安が頭をよぎる。



 話を戻そう。なんせ、話はまだ終わっていない。

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