第38話 国王の最期

「い、います! セナ・クロスです!」



 慌ててシャムス国王の元に駆け寄ると、シャムス国王は私を見て力なく笑った。



「セレニアの近衛騎士か……私を看取るのが、やつの騎士とは……皮肉なものだな……」



 天井を仰ぐシャムス国王の虚ろな目からは一筋の涙が流れていた。初めて見るシャムス国王の涙に言葉を失っていると、彼はぽつり、ぽつりと私に語り始めた。



「哀れな私を笑ってくれるかい、セナ・クロス……いつかはこうなることは……私もわかっていた……わかっていたが……それでも私は……ルーナの笑顔が、見たかったのだ……」



 そう言いながら、シャムス国王はベッドの上で眠りについているルーナ王妃に視線を送った。



 シャムス国王は心の底からルーナ王妃を愛していた。本当にそれだけだったのだが、その愛し方が間違ってしまった。それがこんな結果を招いてしまったのだ。



 自業自得だというのは、シャムス国王が一番よくわかっていた。だから彼は、こんな事態になっても恨みもつらみも語らない。その潔さが、かえって私の心をえぐってきた。



 傷心している私に、シャムス国王は言う。



「セナ・クロス……こんな国王の最期の命令を、聞いてくれるか……」

「……はい。何なりと」

「……セレニアを……サイラスを、護ってくれ」



 それだけ告げてシャムス国王が再び私に手を伸ばしてきたので、両手で受け取り、力強く握り返した。



「──お任せください」



 そう言ってみせると、シャムス国王はわずかに口角をあげ、目を閉じた。彼の手から力がなくなっていく。シャムス・クレスウェル国王──哀れな国王が、息を引き取った瞬間だった。



 握っていたシャムス国王の手をほどき、亡きふたりにそっと手を合わせる。それから流れ出た涙を服の袖で拭き、ルーナ王妃の部屋を立ち去った。



 一心不乱に走った。血だまりに足を突っ込もうとも、血液が服に跳ねようとも、同胞や市民が倒れていようとも、とにかくセレニア様たちの元へ走った。



 三階へ続く階段を昇った道中でも、たくさんの騎士が倒れていた。おそらく、みんな事切れている。しかし、この辺りで倒れている騎士の傷はみんな深く、全て一太刀で仕留められていた。


 これをやったのは、ハースト様をやぶった鉄仮面の騎士なのだろうか。ぞくりと寒気がしたが、頭を振って気合いを入れ直した。



 走って、走って、ようやくセレニア様の部屋にたどり着く。だが、震えた手でノックを六回しても、エミールさんの返事はなかった。



 慌てて扉を開けると、すでに敵の魔の手が迫っていた。家具があちらこちらに飛ぶほど部屋が荒れており、壁際にはエミールさんがうつ伏せに横たわっている。



 一方、セレニア様はまだ無事だったが、彼の前には例の包帯の男と鉄仮面の騎士が佇んでいた。鉄仮面の騎士の手には剣。どうやらセレニア様を部屋の奥の壁際まで追い込んでいたらしい。



「セナ……」



 目をみはったセレニア様が女性の声で私の名前を呼ぶ。だが、私の顔を見ても安堵の表情は浮かべなかった。絶体絶命なのは変わりない。私も戦わないと。



「──そこまでだ。シャロン・オーウェル」



 剣を鞘に刺したまま、鉄仮面の騎士に切っ先を向ける。その名前を呼ぶとセレニア様は目を皿のようにして驚いていたが、鉄仮面の騎士も包帯の男も無言だった。



 だが、やがて鉄仮面の騎士が徐にかぶっていた鉄仮面に手を伸ばした。騎士の顔が露わになる。



 その露わになった彼の顔を見て、私は思わず息をとめた。鉄仮面から現れた顔は──私の同僚である、ヘンリー・グランツだった。



「やあ、セナ。ごきげんよう」



 鉄仮面を投げ捨てたヘンリーが私を見て目を細める。その顔はいつも通り屈託がなくて、口調も明るい。



 けれども彼が持っている剣には血が滴っている。多分、道中で他の騎士たちを切った時に付着した血液だろう。



 城を襲った鉄仮面の騎士。伯爵子息のシャロン・オーウェル。そして新米騎士のヘンリー・グランツ。これら全てが同一人物だとしたら、おそらくそこにいる包帯の男は……。



「ひょっとして……きみは、アレン?」



 包帯の男に尋ねると、男は小さくため息をついてから顔面に巻いた包帯をほどき始めた。ほどかれていくうちに彼のぼさぼさな黒い髪がむき出しになっていく。



 包帯を全てほどかれるまでもなかった。彼はヘンリーの友人で、ダイニング・カフェ〈ターナー〉の店主であるアレン・ターナーだ。



「やっぱり……でも、どうしてきみたちが……」



 愕然としながら構えていた剣を下ろすと、ヘンリーに意外そうな顔をされた。



「『やっぱり』って、ちょっとは俺たちのことを疑っていたんだ」



「いや……疑ってたのはヘンリーだけだ」



「へえ、よりによって俺だけかよ……面白いじゃん。聞かせてよ。どうせこの城で立っているのは俺たちだけだ」



 ヘンリーがニンマリと笑う。もうそこには、普段のあどけない彼の姿はなかった。ヘンリーの変貌に心が震えるくらい動揺したが、ここで押し負けてはいけない。



 ひとつ深呼吸をし、私の見解を彼に告げた。


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