第36話 落城のおとずれ
そうしている間も地響きは続いている。この襲撃犯が私たちのいる三階にやってくるのも時間の問題だろう。
「……わかった。絶対に無茶をするなよ」
「はい。セレニア様とエミールさんもどうかお気をつけて」
ふたりに敬礼し、走ってセレニア様の部屋を出る。
幸い、廊下には敵らしき者はいなかった。だが、いつも城を巡回している騎士も見当たらない。今、こんなもぬけの殻の状態で敵に襲われたりでもしたら、一巻の終わりだ。
まずは、ハースト様を探そう。ハースト様が戻るだけで戦力は段違いで上がるはず。そう思って階段を下ってみると……二階に着いた時点でそこはもう、私の知るヴィラスター城ではなかった。
一言で言えば、戦場。騎士が騎士を襲っていたり、騎士が市民を切っていたりと、悲鳴と怒声があちらこちらで響き渡っている。
爆発物を持っていたのは市民のほうだった。非力な彼らは剣術では騎士には敵わない。だから、導火線に火が点いた樽爆弾をひたすらに投げでいた。おそらく、あの樽の中に火薬が入っているのだろう。爆破のせいで城の外壁が崩れている。
この戦闘に名前をつけるなら「反逆」だろう。騎士が、市民が、この城を落とそうとしているのだ。
戦場を愕然としながら眺めていると、反逆者の中にひと際目立つ者がいた。顔面に包帯をぐるぐるに巻いて顔を隠している男だ。細身の体だから、騎士の誰かではない。だが、わかるのはそれだけだ。
包帯の男は私の存在に気づくと、私に向けて何か投げてきた。手裏剣のように飛んでくる「何か」を咄嗟に受けとめる。飛んできたのは、真っ白なカードだった。
「……武器庫に行け?」
カードに書かれている内容を読みあげると、包帯の男は無言で頷いた。明らかに私に向けたメッセージだ。けれども、彼は誰だ?
だが私がどんなにいぶかしい顔をしても、包帯の男は何も言わずに爆発の煙の中へと消えていった。
包帯の男から受け取ったメッセージカードを見つめる。このメッセージは敵の罠かもしれない。勿論その可能性も考えた。だが、どうしてだろうか。なぜかあの男に妙な信頼性を感じてしまう。
「……迷っている暇はない、か」
独り言ちりながら、もらったメッセージカードをポケットに入れる。武器庫はバルコニーの敷地にある
城内と反して、バルコニーは怖いくらい静まり返っていた。人はいない。だが、争った跡も見られない。おそらく、誰もここまでは来ていないのだろう。
高鳴る心臓を治めながらも、武器庫へと向かう。
武器庫なだけあって普段は厳重に管理されている。私も中に入ったことはないが、噂によると国宝としている武器や防具が保管されているらしい。
しかし、そんな武器庫の鍵がなぜか開いており、木の扉が「キィ……キィ……」と音を立てて揺れていた。誰かが出入りした証拠である。
まだ中に人がいるかもしれないから、壁にへばりついて顔だけ出して中の様子を見た。しかし、明かりが届いておらず中は暗い。ただ、誰かがランプを置いたのか、部屋の奥だけぼんやりと光が灯っていた。
剣の柄を握りながら、そろりと中へ入る。武器庫の中も静かだ。それでも人の気配はある。果たして鬼が出るか蛇が出るか……緊張しながらも明かりのほうへと近づいた。
しかし、現れたのは鬼でも蛇でもなかった。ランプの隣で人が倒れている。鎧は着ていないが、このガタイの良い体つきと立派なあごひげは──
「……イワン団長?」
私の、元上司だ。
「イ、イ、イワン団長!? しっかりしてください!」
慌てて彼の元へ駆け寄ってみるが、彼は目を閉じたまま動かなかった。息はあるから死んではいない。けれども床に血が流れた跡があるから負傷しているのだろう。早く手当をしなければ。
そう思って彼の体を起こしあげてみると、彼の腹部にはすでに包帯が巻かれていた。誰かが処置したみたいだ。しかし、いったい誰が……。
だが、考える前に今度は横から誰かが噎せた。手元にあったランプを持って、咳がしたほうを灯してみる。
そこにいたのはハースト様だった。木箱に背を持たれながら、足を伸ばしてだらんと座り込んでいる。腹部を抑えているということは、彼も負傷しているのだろうか。
「ハースト様! 大丈夫ですか!」
「……セナか。どうしてこんなところに……」
「包帯の男から『武器庫に行け』という指示をもらってここに来ました。あの、これはいったい……」
そう言うと、ハースト様は舌打ち交じりでため息をついた。
「すまない。後れを取った……イワンを襲ったのは、その包帯の男だ」
「え!?」
ハースト様の証言に思わず声をあげる。だが、その包帯の男の正体はハースト様でもわからないらしい。
「あの細い体格からして騎士ではないのは確かだろう……だが、よくわからないやつだ。襲った相手を『手当しろ』というばかりに包帯を置いていくし、終いにはお前をここまで呼ぶとは……」
「包帯を、ですか?」
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