第35話 共通点

「話を整理するぞ。ここ最近、三つの事件が起きたな」



「ええ。まず、セレニア様への脅迫文の送付。城への侵入者。あと……私とヘンリーが路地裏で襲われたことも事件に入れていいですか?」



「良い。この中でお前は、どいつがセレニア様に脅迫文を送ってきた輩だと思う?」



「単純に考えれば、一番過激なことをやった二番目の侵入者たちでしょうか。けれども、その数日後に似たような変装をしたやつらを私たちは目撃しています」



「そうだ。本当に脅迫文を送ったやつと二番目の事件を起こした者が同一人物ならば、お前らが巻き込まれた三つ目の事件は起こらないはず」



 となれば、考えられることがひとつ。



「誰かが裏で手引きをしている……ということですよね」



「そうだ。だが、それが誰かは、まだ見えてこない」



 おそらくその黒幕が脅迫文を送ってきた犯人だとにらんでいるが……人物相はさっぱりだ。



 こういうのはどこかに共通点があるのだが、共通点といえば二つ目の事件と三つ目の事件の犯人が騎士試験の受験者だったということくらいだ。



「でも、どうして黒幕は騎士の受験者だった人に手引きさせたのでしょう。金にがめつそうだったから、利用しやすかったのでしょうか」



 なんとなしに言っただけなのだが、その発言にハースト様の眉間にしわが寄った。



「お前……それはどういうことだ?」



「え? もしかしてハースト様はご存じないんですか? 犯人が受験者だったかもしれないって……と言っても、イワン団長の見解なんですけど」



 そう言ってみると、ハースト様は「知らん」と首を横に振った。



「俺が知っているのは、その犯人が全員死んでいるということだ。だが、その話が本当なら弱ったな。これでは奴らの黒幕の正体も、どうやって漏れた情報を得たかもわかりはしない」



「あはは……そういえばヘンリーもそれでイワン団長に怒られてました……自己防衛とはいえ、二回もやっちゃいましたからね。そのおかげで、私は助かったのですが……」



 頬を引きつらせながら半笑いしていると、ハースト様がわずかに息を呑んだ気がした。



「どうかされました?」



 小首を傾げると、ハースト様は無言で立ちあがった。



「少し出かける。お前は、エミールと変わってあいつの護衛を続けろ」



「で、出かけるって夜ですよ? いったいどこに……」



「まだ言えない。あと、今日話したことは他言無用だ。わかったな」



 そう言い残し、ハースト様は神妙な顔で出て行ってしまった。きっと彼は何かに気づいた。だが、多分確証がないからまだ私に言えなかったのだろう。だから先に、自分で真実を確かめに行ったのだ。けれども、いったい何に気づいたのだろうか。



「ハースト様……?」



 彼がいない部屋で名を呼んでも、当然のごとく返事は返ってこなかった。



 わからない。何がきっかけで彼のシナプスが繋がったのだろう。彼は襲撃犯の素性を知らなかった。あの時の騎士受験者……たったそれだけの共通点で、何が見えたというのだ。



 ──そう、その、共通点で……。あれ?



 心の中で反芻した途端、ぶるっと身震いがした。共通点はまだあった。だが、その共通点が何を示しているのか……考えたくなくて、私はたまらずその場で膝を折った。



 ◆ ◆ ◆



 胸に忍び寄る黒い影に怯えながら一夜を過ごす。だが、夜勤を終えた私に待ち受けていたのは、城中に轟いた爆発音だった。



「なんだ、この音は」



 爆発音にセレニア様も飛び起きる。時刻は早朝。朝の知らせがこんな騒々しいものになるとは誰も思わなかったはずだ。だが、爆発音の轟はとどまることを知らず、地響きまでも感じていた。



 そんな中、部屋の扉が慌ただしく五回ノックされた。このノックの合図はエミールさんだ。



 急いで扉を開けてあげると、顔を真っ青にしたエミールさんが部屋に飛び込んできた。



「セ、セレニア様! ご無事ですか!?」



「無事だ。この騒々しさはなんだ?」



「わ、わかりません……ただ、下の階から雄叫びも聞こえておりまして……」



 エミールさんの顔が険しい。朝食の準備をしていたところ、緊急事態を知らせに来た騎士に「逃げろ」と命じられ一目散にここまでやってきたから状況はまだ読めていないが、こんなことは城の侍女になってから初めてのことらしい。



 だが、彼女がうろたえているのには、まだ理由があった。



「あの……ハースト様が部屋にいらっしゃらないのです」



「何!」



 これにはセレニア様も度肝を抜いた。



 セレニア様に忠実なハースト様が部屋にいない。本来なら、誰よりも早くセレニア様の元に来て彼を護るはずなのに……ひょっとして、昨晩部屋を出てから戻っていないということだろうか。胸騒ぎが収まらない。



「私……城の様子を見てきます」



「なんだって!?」



「行けません、セナ様! 危険です!」



 私の申し出にセレニア様とエミール様がギョッとする。しかし、この中の誰かは城の様子を見に行かねばならないだろう。



「ハースト様がいない今、セレニア様の護衛は私より強いエミールさんのほうが適任です。袋のネズミになる前に、状況を確認してきます。大丈夫です。戦闘は極力避けますから」



 私の発言が正論だと思ったのだろうか。セレニア様は「ぐぬぬ」と言いながらも反対はしなかった。

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