4章 ヴァルキリーと落城

第34話 犯人は誰だ?

 翌日の夜のこと。セレニア様の夕食の時間を利用して、ハースト様とお話をする機会を設けてもらった。



 居室に戻ってきたハースト様は、いつものように無表情だった。



「セレニア様から伺った。俺と話がしたいと?」



「はい。お疲れのところ大変申し訳ありません」



「構わん。座れ」



 ハースト様に言われ、一礼して椅子に座る。



 思えばこうして居室にてふたりで向かい合って話すことは初めてだ。これから話す内容は不躾であることをわかっているから、彼の切れ長な一重の眼に見つめられていると体が震えるほど緊張した。



 だが、私が話を切り出す前に、ハースト様の口が動いた。



「十年前のことも知ったらしいな」



「あ、はい。あと、ハースト様のお父様……マクラウド侯爵のことも」



「そうか……あいつがそこまで話すとは、お前は余程信頼されているな」



 そう言いながらハースト様は椅子の背もたれに寄りかかり、「フッ」と小さく笑った。



「情けない話だっただろう。目の前にいたのに、王女ひとり救えなかった」



「そんな! だってハースト様はあの時十二歳でしょう? いくらハースト様でも、丸腰の子供が刃物を持った複数人の男を相手にするのは難しいですよ。あなたのせいじゃないです。勿論、エミールさんのせいでも、セレニア……いや、サイラス様のせいでもありません」



 真面目な顔で言い切る私にハースト様は少し呆気に取られていたが、彼の頬がちょっとだけ上がった。



「そう言ってくれるのはお前くらいだ。マクラウド侯爵が死んだのも、俺への戒めにすぎん。いっそのこと、俺も殺してくれればよかったものを」



「見せしめだったのですかね……でも、シャムス国王にとってはハースト様が必要な人材だったはずです。セレニア様の元につく側近は、事情を知っている人のほうが良いから……」



「ほう、それはあいつが?」



「いえ、私の見解です。話を聞いている限り、シャムス国王はそういうことを考えそうな人だと思ったので」



「なるほど……あいつがお前に心を許す理由がわかった気がしたよ」



「あ、ありがとうございます」



 そんな面と面を向かって褒められるとは思っていなかったから、少し照れた。だが、脱線した話のレールを元に戻してくれたのもハースト様だった。



「それで、俺に何を聞きたい」



 腕と足を組むハースト様はいつにも増して真剣な顔をしていた。私がこうして業務を二の次にしてまでふたりで話したいと言ったものだから、余程のことだと思われているだろう。でも、多分、彼の認識は合っている。



「あの……これから変なことを尋ねると思います」



「構わない。早くしろ」



「あ、はい。あの、私たちが受けた騎士試験……あれはセレニア様が殺害をほのめかすような脅迫文が送られてきたから騎士の増員を試みたと伺いましたが、本当にそうだったんですか?」



 ハースト様の眉間にしわが寄る。一気に怖い顔になったハースト様を前に、私もたまらず固唾を飲む。



「あの……ひょっとして、間違ってます?」



「いや、合っている。問題は、どうしてお前がそれを知っているのかということだ。脅迫文について含めても知っている者はごく一部……シャムス国王と俺、それとイワンしかいない」



「たった三人……?」



 やはり、セレニア様にもこのことは伝えられていなかった。だからこの手の発言をする私をいぶかしい顔で見ていたのだ。



「お前はその話をどこから聞いたのだ?」



「えっと、ヘンリーからです」



「ヘンリー・グランツか……もしかして、騎士試験の前からすでに情報が漏れていたということか……?」



 ハースト様が難しい顔になる。こんな機密情報をまだ騎士にもなっていなかった一市民である私たちに知られていたのだ。これは大問題である。



「ハースト様は誰かが情報を流したと考えているんですね?」



「ああ。無論、俺はどんな些細なことでも内部の情報など流しはせん。それに、シャムス国王もそんなことをしないだろう。今回の件について、そもそも興味すらも示していなかったからな。ならば、残るはイワンか……?」



 ハースト様があごに手を当て、深く考える。聞けば、騎士の増員の提案もイワン団長からの案だったらしい。



 消去法で行くと、情報を漏らしたのはイワン団長だ。だが、私には彼がそんなことをするような人間だとは思わない。



「イワン団長は私やヘンリーに襲撃犯たちの聞き込みをしていました。そんな犯人捜しみたいなことを、犯人がするでしょうか」



「あいつがそんなことを……だが、お前が言うなら、間違いないだろう。となると、受験者の中に脅迫文を送った輩がいて、やつが自ら情報を流したということか……だが、腑に落ちないな」



「ええ。どうして騎士試験を受験なんてまどろっこしいことをしたのでしょう。内部から攻めたかったのでしょうか」



 けれども、本当にあの受験者の中に脅迫文を送った犯人がいて、騎士として内部から城を攻めようと考えていたのなら、騎士への入隊は絶対条件だったはず。



 しかし、あの時の受験者からは剣幕さも必死さも見られなかった。みんながみんな、騎士の優遇さに惹かれていただけ。本当に、そんなことをやろうとする人がいたのだろうか。



「うーん……わからないですね」



 頭を抱え、短い髪をぐしゃぐしゃに掻き乱す。だが、そんなことをしても、一向に真実は見えてこない。それはハースト様も同様なようで、先ほどから厳めしい顔で考え込んでいる。

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