第33話 そして事態がひっくり返る
セレニアの死から一年。
あいつの慰霊祭で久しぶりに陽の元にさらされることを許された。流石にシャムス国王もサイラスの慰霊祭にセレニアを出さない訳にはいかないと思ったらしい。
ついでに、ここが新生セレニアのお披露目でもあった。髪をまとめ、漆黒のドレスに身を包まれた俺の姿は、自分でもセレニア・クレスウェルにしか見えなかった。
『ご無沙汰しております。お父様。お兄様』
慰霊祭に現れた俺の姿を見てシャムス国王とサムソンは言葉が出なくなるくらい驚いていた。仕種、声、口調、どれを取っても俺がセレニアにしか見えなかったみたいだ。
特にあの性悪サムソンは例外として俺とセレニアの入れ替わりについて知らされていたから、俺に茶々入れしようとしていたのだろう。そんな隙を与えないくらい完璧にセレニアを演じていた俺を見て、すぐに悔しそうにしていた。
──そう、完璧に演じてしまったから、俺も後を引けなくなったのだ。俺にはこの道しかない。そう知らしめてしまったのは、他でなく俺自身だった。
だが、どんなに俺が上手く演じることができても、シャムス国王は予断を許さなかった。
引き続き事件のせいで城内から出られなくなったことにし、公の前に現れるのはサイラスの慰霊祭のみという形にした。そうすることで、極端に人目を避けることにしたのだ。
実際声変わりもいきなりやってきたから、シャムス国王の判断は正しかっただろう。これは俺がセレニアを演じられなくなる日まで変わることはないと思う。
用が終われば、俺は古いレンガ塔に幽閉だ。殺さないのは俺への情けというよりかは、ルーナ王妃への情けなのだろう。
この暮らしもいつかは終わりを告げる。それが来年なのか、再来年なのか、それは誰もわからない。
……あとは、お前の知っての通りだ。俺は役目が終わるまで一日中部屋に引きこもっている哀れな王女として、現在進行形で生きている。ただそれだけ。
どうだ。これが事件の全貌で、俺がセレニアと入れ替わることになった経緯だ。満足したか?
◆ ◆ ◆
そこまで話したセレニア様は立ちあがり、テーブルの上に置かれた水差しでコップに水を注いだ。私は、そんな淹れた水を一気に飲み干すセレニア様の姿を呆然と眺めていた。
「なんだよ、そんな辛気臭い顔しやがって……俺のことだ。お前がここまで心を痛めなくてもいいだろ」
しかめた顔でセレニア様はまた私の隣に座る。
「まあ、それもこれも俺の天才的な演技力の成果だけどな。どうせクソ親父もサムソンもすぐにボロが出ると思っていただろうが……蓋を開けてみれば十年も持ってやがる。ざまあ見やがれ」
「クックック……」とセレニア様が悪い笑みを浮かべる。天才的な演技力。彼はそう言うが、私は違うと思った。
「それは全部セレニア様の……いや、サイラス様の努力の賜物ですよ」
そう言ってみせるとセレニア様に驚かれたが、彼はすぐ嬉しそうに破顔した。
「──久しぶりに、その名前で呼ばれたよ」
セレニア様がクスッと笑いながら、徐に私の手に自分の手を重ねた。
「こんな俺のために……泣いてくれてありがとう」
そう言いながら、セレニア様が笑みを浮かべる。その笑みは儚いが、確かに喜色が混ざっていた。そんな表情なんて初めて見るから、顔が火照りを感じるくらい体温が一気に急上昇した。
おかしい。これまで何度も顔を近づけられたし、『壁ドン』も『あごクイ』もされてきたのに、そんなのが霞んでしまうくらいの爆発力だ。
「で、で、でも、そこまで人の目から逃れているセレニア様なのに、どうして命を狙われているのでしょうね」
小っ恥ずかしさに耐えられず、そそくさと逃げながら咄嗟に話題を変える。するとセレニア様は「あ?」と不機嫌そうに顔をしかめた。
「どういう意味だ?」
「だ、だって、ここまで徹底しているなら誰かに恨みを買うことなんてないでしょう? それなのに、どうして……」
そう言ってみると、セレニア様に「何を言ってるんだ、こいつ」という顔をされた。そこまで渋い顔にならなくたっていいだろうに……。
と、思った先、セレニア様が呆れたようにため息をついた。
「そういえば前にも似たようなことを言っていたが、俺が命を狙われているって、どういうことだ?」
「……え?」
突然の言葉に思わず変な声が出た。
セレニア様が命を狙われていることを知らない? だって、脅迫文も届いたという話だし、そもそも騎士を増員した理由だって彼の護衛のためだ。
それを護られる彼が知らないというのか。いや、ひょっとして知らされていない?
そう考えている間もセレニア様は私のことをいぶかしい顔で見つめてくる。まずい。どうやらとんでもない墓穴を掘ってしまったみたいだ。ここはどうにかして誤魔化さないと。
「えっと……王女様なら誰かに命を狙われかねないというか……け、決してセレニア様に脅迫文が届いているとか、そういう訳では……」
嘘が下手くそか。いや、知っていたけれど。
だが、幸いにもセレニア様は「まあ、良い」とこれ以上言及してこなかった。
「どちらにしろ、お前が護ってくれるって言っていたよな? なあ、近衛騎士殿」
セレニア様がニヤリと笑う。どうやら本当に気にしないでいてくれているみたいだ。だが、いつもなら「勿論です」と即答できるのに、今は言葉に詰まってしまった。
どうしてだろう。胸騒ぎがする。ひょっとして私は、これまでとんでもない勘違いをしていたのではないだろうか。
「あの……セレニア様」
いきなり私に呼ばれ、セレニア様が「ん?」と首を傾げる。そんな彼に向け、私は緊張をしながらも彼に請うた。
「明日……少しの時間でいいので、ハースト様とお話をさせていただけませんか?」
私の顔のこわばりにセレニア様も異様を感じたのだろう。「構わん」とふたつ返事で了承した。
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