第32話 入れ替わりの真実


 その日を境に、ルーナ王妃は病床に伏せてしまった。今回の事件の衝撃が彼女の心だけでなく、体も壊してしまったらしい。



 病状は芳しくなかった。一度眠りについたら丸一日目が覚めなかったし、いざ目を覚ましたとしても食事を取ろうとしなかった。「体のため」と無理矢理食べさせたこともあったが、すぐに嘔吐してしまったらしい。



 横たわるルーナ王妃は、譫言のように何度も『セレニア……』と愛娘の名前を呟いた。



 愛するセレニアが死んだことを聞かされた。だが、自分はそれを認めたくない。認知と異なる現実が彼女の脳内をせめぎ合っていたのだろう。その結果、頭の中がぐちゃぐちゃになり、体がついてこられなくなったのだ。



『このままではルーナ王妃は廃人になりかねません』



 医者の言葉にシャムス国王は考えた。なんせシャムス国王にとってルーナ王妃はかけがえのない者。国民よりも、実子よりも、彼女のことを愛していた。だからどんなものよりも彼女のことを優先した。だから、こんな残酷な選択ができたのだ。



 彼が取った選択は、ご存じの通りだ。



『サイラス……お前は、今日からセレニアとして生きろ』



 認知を、彼女に合わせるということだ。



『これもお前の母親を死なせないためだ。お前だって、自分の母親が大切だろう?』



 そう命じた時のシャムス国王には光が灯っていなかった。彼自身、これがどれだけ非情なのかわかって言ったのだ。



 けれども、ルーナ王妃が俺のことをセレニアだと思っている以上、これが一番丸く収まる方法だった。これは、セレニアと似た容姿を持つ俺にしかできないこと。皮肉にも、シャムス国王にとってこれが俺の存在価値だった。



 勿論、それを反対してくれる人もいた。それが俺の師であるオーウェル伯爵だった。



『そんなことをやったところでどうなると言うのです! 首が絞まるのはあなた自身ですよ!?』



 男が女として生きるなんて、絶対にどこかで限界が来る。今は子供だから押し通せるかもしれないが、男と女では骨格も違うし、いずれ声変わりもする。一~二年ならまだしも、一生なんて不可能だ。



 こんな最初から不可能だとわかることを、当時たった八歳だった俺に担わせ続けるなんておかしい。あの人はそうやって俺のことをかばってくれた。それが良くなかったのだ。



 ──その翌日、オーウェル伯爵は自宅で変わり果てた姿で発見された。



 彼だけでない。伯爵夫人、執事、侍女……その家にいた全員が無残に虐殺されていたという。

 その中にはおそらくシャロンもいただろう。



「強盗に襲われた」ということで片づけられたが、金品は取られていなかったとの噂もあったから、十中八九シャムス国王の差し金だ。多分オーウェル伯爵は見せしめとして殺されたのだ。



 オーウェル伯爵の死からまもなくして、今度はマクラウド侯爵の死が知らされた。



 下僕とはいえ、自分の従者が第二王子を殺害してしまったから、責任を感じて自害した──とのことだが、大方口封じのための暗殺だろう。



 これでセレニアの死を知る者はシャムス国王とその時に現場にいた俺たち三人だけになった。シャムス国王にとって、自分の邪魔になる者はいなくなったという訳だ。



 オーウェルも、理解者セレニアも、そしてシャロンも失った俺に残された手立てはひとつだけ──セレニアの身代わりになるということだけだった。



 それに、国王の命令は絶対だし、第二王子がいなくなったところでこの国は困ったりしない。




 セレニアの死から三日。彼女は慎ましく国葬された。ただし、サイラス・クレスウェルとして。



 血にまみれていたセレニアの体は事情を知るエミールの手によって綺麗にしてもらったらしい。ただし、艶やかなあの銀髪は俺と同じ長さに切ったとのことだ。セレニアが俺に成り代わるには、それだけで十分だった。




 別人に成り代わっての国葬だなんて大胆に見えるが、大々的に葬らないとルーナ王妃に示しがつかなかったのだろう。



 それに、こうしておくことで事情の知らない城の騎士や国民に「サイラス王子は死んだ」と認知される。ただでさえ損傷のひどい遺体だ。近づく者もいないだろうからあの遺体がセレニアだなんて、実母であってもわからないはず。



 とはいえ、セレニアの国葬がどうおこなわれたかは知らない。



 その時の俺はカーテンが閉め切られたセレニアの部屋に隔離されていた。表向きは「事件のトラウマから部屋から出られなくなった」ということになっているが、実際は髪が短いから人目につくことができないというだけだった。



 ここから実に一年の間、陽の光も浴びずに暮らすことになった。会っていた人といえば、身の世話をしてくれるエミールだけ。



 髪が伸びる間、女性として、そして一国の王女としての作法を叩きこまれた。なんせ俺のミスひとつで国の信用が揺らぐかもしれないのだ。



 それに、シャムス国王には第三者にバレたら「その者を殺して自害しろ」とも言われていた。この国は絶対王政。それに加えて自国の侯爵と伯爵もためらいなく殺す男だ。実子であっても、あいつは易々と俺を殺すだろう。



 その証拠に、あいつは俺に短剣を与えた。「これを肌身離さず持っていろ」とな。短剣を持っていることで「いつでもその心積もりでいろ」と言いたかったに違いない。



 だから、エミールも俺を護るために必死だったと思う。あの優しい彼女とは思えないくらい、厳しく鍛えられた。正直、あれだけ泥だらけ、痣だらけになっていた剣の稽古のほうがマシだと思うほどに。

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