第29話 束の間の幸せな思い出

 実を言うと、あんな可憐な見た目にもかかわらずセレニアはかなりお転婆だった。



 だから木の剣を振るう俺を見て『私もやる!』なんて言った時はその場にいた者全員でとめたものだ。セレニアに怪我でもされたら、後が怖くてたまらないからな。



 あいつがお転婆だったことを知っているのはオーウェル伯爵、それと俺と一緒に剣技を学んでいた者たちに、当時から俺たちの侍女だったエミールくらいだ。なんせ、セレニア自身が「お淑やかなセレニア王女」を演じていたのだから。



 あいつも賢い輩だったから、「そういうふうにしていたほうが母上に可愛がってもらえる」と思っていたのだろう。



 実際、ルーナ王妃も「なんてお利口な子なの」とベタ褒めだった。あの国で一番の世渡り上手はセレニアだったに違いない。



 けれども剣技への憧れを捨てきれなかったセレニアは、中庭までしょっちゅう見学に来ていた。



 それもあって、オーウェル伯爵の門下生とも親しかった。とはいっても門下生は俺を含めて三人しかいない。オーウェル伯爵の子息であるシャロンと、マクラウド侯爵の子息であるハーストだ。



 当時から実力があったハーストは、剣の腕が立つオーウェル伯爵に魅入られて特別に彼の元まで学びに来ていた。今よりマシではあるが、お世辞にも「良い国」とはいえないヴィラスター王国にお互い仕えているから、ここの両家は仲が良かったらしい。



 話は十年前にさかのぼる。



 その日俺はセレニアと共にシャムス国王の外交に付き合うため、隣の領土である『リワース』というところに来ていた。



 本来なら俺とセレニアは不要なのだが、セレニアが「自国の領土をこの目で見たい」とルーナ王妃に請うたらしい。最初は難色を示したシャムス国王だったが、愛するルーナ王妃が激愛するセレニアの頼みだ。無下にすることはできなかった。



 無論、俺も一緒に『リワース』に行けたのも、セレニアがシャムス国王に頼み込んでくれたからだ。シャムス国王には「いずれサイラスも公爵になるのだから、自国の領土は見ておくべき」と言ったらしい。



 というのは建前で、実際は「サイラスも一緒じゃないとつまらないから」ということだ。



 なお、『リワース』というのは豊かな農地で、ハーストの親であるマクラウド侯爵の領地だ。ということもあって、俺たちの子守りはハーストに任された。だが当時のハーストはまだ十二歳。実際の子守りはエミールがしていたと思う。



 馬車で三十分もしないで着く領地とはいえ、俺とセレニアにとっては初めての郊外だったから、内心とても心がはずんでいた。



『リワース』に着くと、シャムス国王はすぐにマクラウド侯爵邸へと向かった。その間俺たちは「見学」という名の「探索」を目論んだ。



『ねえねえ、ハーストはいつもどこで遊んでいるの?』



 セレニアが目を輝かせながらハーストに聞く。



 今も大して変わらないが、この頃からハーストは人付き合いが苦手で、オーウェル門下生以外口数が少なかった。けれどもセレニアには心を開いており、俺たちと同じように普通に口を利いていた。



『あそこの小高い丘……眺めがいいから、よく木に登って寝たり、ぼーっとしている』



『ぼーっとって……他にすることないのかよ』



『ない。遊ぶ人もいないし』



『お前……本当に友達いないんだな……』



 淡々と話すハーストを憐れんでいると、セレニアが『そうだ!』と手を叩いた。



『あそこでピクニックをしましょう! きっと風が気持ちいいわ。ねぇ、いいでしょ? エミール』



『それはいい考えだと思います。台所を借りられるか侍女の方に確認して参りますね』



 と、エミールと共にマクラウド邸へと足を運んだ。そこにあるハーストの部屋で三十分程時間を潰していると、エミールが俺たちの元へ戻ってきた。早速ピクニックの準備ができたらしい。



『外出することも了承を得ました。では、参りましょうか』



 ニコッと微笑むエミールに『やった!』とセレニアのテンションが上がる。



 俺も彼女も普段は城の中にいるから、こういった自然のふれあいは初めてだった。だから俺も「面倒くせー」と言いつつも、本当は少しだけわくわくしていた──それが運命の分かれ道だったなんて知らずに。

 



 ハーストは「小高い丘」と話していたが、実際に歩いてみると坂道がきつく、当時八歳だった俺にはなかなかのハードだった。



 けれどもハーストは無表情でさっさと登っていくし、エミールに至ってはエプロンドレスを着たうえに昼食が入ったバスケットを持っているのに涼しい顔で歩いていた。



『お前ら……なんでそんなに……元気なんだよ……』



 ぜえ、ぜえ、と息切れしながらも一歩一歩進んでいく。悔しいが、この時の俺は列の最後尾だった。子供とはいえ、剣技の稽古で体力もそれなりに養われていたはずの俺がだ。あの時のセレニアは、多分体力のリミッターが外れていた。



『見てよサイラス! このお花、とっても綺麗!』



 そう言って先ほどから物珍しいものを発見するたびにはしゃいでいた。



 流石にセレニアはドレスのままピクニックをする訳にはいかなかったので、ハーストの服を借りて山道を登っていた。この時は長い銀髪もひとつに縛っていたので、髪の長い自分がもうひとりいるみたいでなんだか不思議な気分になった。

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