第28話 茶番の訳を教えてください

「おい、何があった。どうして泣いている」



 驚きのあまり、セレニア様の顔がこわばっている。だが、そんな彼を見ているとかえって切なくなって、意図せずにまた涙がポトリと落ちた。



 こぼれ落ちた涙にセレニア様がさらにうろたえる。



「も、もしかして、サムソンの野郎に何かされたのか? 言ってみろ。出るところへ出てやるぞ」



「違う……違うんです……」



 やっと発せられた言葉にセレニア様が「何?」と眉をひそめる。



「なら、どうして──」



「泣いているのだ」多分彼はそう言いたかったのだろう。けれども、その言葉を待つ前に、私の腕は彼の頭部へと回っていた。



「……あ?」



 私の耳元からセレニア様の気の抜けた声が聞こえる。急に抱き寄せられて、呆気に取られたのだろう。けれども、こんなにも無礼なことをされても、セレニア様は私に身を任すように腕を垂らすだけで、私を払おうとはしなかった。



「私……ルーナ王妃に会いました……」 



 セレニア様を抱きしめながら、私は言う。その言葉にセレニア様が息を呑んだ。



「つまり……色々と知ってしまった、ということだな?」



 彼の問いにコクリと頷く。するとセレニア様は私の腕の中で「やれやれ」と笑った。聞いているだけでやる瀬なくなるような、とても乾いた笑みだった。



「教えてください。どうしてこんな茶番劇をあなたひとりで担わされているのですか」



 訴えるようにただすと、セレニア様は少しの間黙り込んだ。



 鼻をすすりながら彼の答えを待っていると、やがてセレニア様が諦めたようにため息をついた。



「それはな──俺がいらない存在だからだよ」



「いらない……存在?」



 力なく答えたセレニア様の言葉をくり返す。だが、たとえ上にサムソン様がいても、彼は王子だ。いらない存在なはずはない。



「それは……十年前の事件と関係あるのですか?」



「なんだ。それも知っているのか?」



「いえ……何が遭ったかまでは……」



 そう言うと、セレニア様が「チッ」と小さく舌打ちする。



「でも、俺も話さなければフェアじゃないよな……」



 面倒臭そうに嘆息を漏らしたセレニア様は、「よっと……」と言いながら垂らしていた手を私の肩に置いた。



「話してやるから、そろそろ俺を離せ」



「あ……すいません」 



 慌てて腕をほどくと、セレニア様は「まったく」と乱れた長い髪を掻きあげた。



「そこに座れ。長くなっても、後悔するんじゃねえぞ」



 セレニア様がベッドの上を指したので、おそるおそるもベッドの縁に座った。



 セレニア様も私の隣に座る。そして長く息を吐いたあと、彼は徐に語り出した──十年前に起きた、その事件の全貌を。



 ◆ ◆ ◆



 異世界からやってきたお前にどこから話してやろうか──それを考えるのも面倒だから、全て話してやることにする。



 前提として、あの人……ルーナ王妃は元から女子おなごの子宝を望んでいた。だから王位を継承できる第一王子がすでにいても、あの人たちは子を求めた。そうしたら、俺がおまけについてきてしまった。



 見てくれの外交しかしていない国だ。領土だってろくにない。そんな国からしてみれば、第二王子なんて邪魔でしかない。元から俺は望まれて生まれた訳ではないのだ。



 そう言った理由で親父であるシャムス国王には疎まれていたが、母親のルーナ王妃にはそれなりの愛情を注がれていた。お前も実際に会ったからわかると思うが、俺は母親似だ。そのおかげで彼女には疎まれはしなかった。



 だが、疎まれはしないにしろ、セレニアと比べれば愛されていなかった。



 ただでさえ欲した女子おなごなうえに、セレニアは「ルーナ王妃の生き写し」と言われるくらい似ていたらしい。セレニアには「もうひとりの自分だ」という感情があったのだろう。だからあの人はセレニアのことを激愛していた。



 とはいえ、ヴィラスター王国は十年前以降なら今ほど治安も悪くなく、腐ってもいなかった。だから当時は第一王子のサムソンはそれなりの英才教育を受けていた。



 俺はというと最初から王位を継がせることを考えていないようで、座学より剣技を学んだ。表向きは「将来、公爵としてサムソン王子の支えになるように」ということだったらしいが、実際はさっさと戦線に出して死んでもらいたかったのだろう。



 そんなこともあって、俺はよく中庭で剣技の学びを受けていた。教えてくれたのはオーウェルというこの国の伯爵で、剣友と共にビシバシとしごかれていた。



 ちなみに、サムソンの性格は当時から変わっていない。たとえば、泥だらけ、痣だらけになる俺を見て──



『そんな怪我をしてまで大変だねー。あーあ、本当に第一王子でよかったよ』



 ……なんてことを言われたりしていた。しかもムカつくくらい座学ができたおかげで「将来有望な国王になる」なんて持ちあげられていたから調子に乗っていたのだろう。ドヤ顔をするあいつをよくにらみつけていたものだ。



 一方、俺はどんなに剣技が上手くなっても、誰も褒めてくれなかった。



 サムソンと比べ物にならないほど学がなかったからということもあるが、これもまた、疎ましい存在だった表れだったのだろう。俺のことを褒めてくれたのは師であるオーウェル伯爵と、セレニアくらいだった。

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