第25話 そういう空気が一番苦手

 セレニア様の名前が出た時、あれだけヘラヘラしていたサムソン様の表情が消えた。



「セレニアの秘密、知ってるんだろ?」



「ひ、秘密って……なんのことでしょうか」



 返してみたが、手も声も震えていた。



 冷や汗を感じながら、顔を下げる。今、サムソン様に顔を見られてしまったら、私がセレニア様の性別ひみつについて知っていることがバレてしまう。だが、どんなに抵抗したところでサムソン様のほうが一枚上手うわてだった。



「とぼけるなよ。どんなにセナが強くたって、新人のきみがいきなり近衛騎士になれる訳ないだろ? 処理道具か、こんな事情がないかぎり」



 そう言いながら、サムソン様は指でクイッと私のあごを押しあげた。



「誤魔化そうとしても無駄だよ。前にカマをかけた時、きみってばそんな道具にされているような感じじゃなかった。むしろ、僕に敵意を抱いていた。処理道具で選ばれた訳ではない。とういうことはつまり……そういうことだ。僕には全部、お見通しなんだよ」



 酷薄な顔を浮かべるサムソン様と目が合う。なんて冷淡な眼差しだろう。冷房は存在しないはずなのに、体の震えがとまらない。



 怯える私を見てサムソン様が嘲笑する。だが、すぐに飽きたみたいで「なんてね」と私のあごを指ではじいた。



「大丈夫。父上には言わないでおいてあげるから」



 サムソン様がフフッと鼻で笑う。そんな彼が怖くて仕方がなかった。



 胃が痛い。なんならこの場で吐いてしまいそうだ。今すぐにでもここから逃げ出したい。だがそんな無礼も許されないことがわかっているから、私はこうして震えることしかできなかった。



 ここで私がこれ以上粗相を犯したら、セレニア様にも危害が及ぶかもしれない。だが、そんな私をあざ笑うように、サムソン様が額がぶつかりそうになるくらい顔を近づけてきた。



「そんな顔をしなくても大丈夫だって。約束だ」



 息が触れるくらい近づけられ、思わず困惑する。そんな私の様子を見て、サムソン様は「ふーん」と言いながら私から顔を離した。



「……『顔で選んだ』のは、あながち間違いじゃないかもな」



「え?」



「いや、こっちの話。世間話を続けようか」



 サムソン様の姿勢が途端に崩れる。どうやら私の前でちゃんと座ることにも飽きたらしい。しまいにはダイニングベンチに足を伸ばして寝転び始めた。この態度の悪さはセレニア様そっくり──いや、これを言うとセレニア様が可哀想か。そんなことを思っていると、サムソン様が私に問うてきた。



「ところで……セレニアのことをどう思う?」



「どう、とは……」



「んー……具体的に言うと、見た目かな。どう? 女っぽい?」



 ああ、もうこの人は私がセレニア様の性別ひみつを知っている前提で話を進めるつもりらしい。何も答えたくないところだが、無視をするとあとが怖いことは嫌というほど痛感しているから、ここは何か言わないと。



「と、とてもお綺麗だと思います」



 率直な感想を言ってしまったが、サムソン様は私にどんな答えを求めていたのだろう。もしかして、容姿を褒めるのはまずかっただろうか。正解がわからずドキドキしていると、意外にも「そうだよね」と食いついてきた。



「そう、綺麗なんだよ。まあ、多分身長を伸ばさないようにしているのと、骨格が細いままで維持できるようにエミールが徹底的に食事管理しているんだろうけどさ。この歳だともうちょっとボロが出てもいいと思うんだよな。しかもあの演技力だろ? いやー、あいつには頭が上がらないわ」



 サムソン様が腕を組みながらわざとらしく「うんうん」頷く。



 そういえばセレニア様が祭事後のご馳走について「俺には関係がない」と言っていたが、これはエミールさんが食事管理をしていたからということだろうか。



 いつも食事中は休憩しているから、食事管理されているなんて気がつかなかった。だが、そう言われてみてば彼の細身な体にも納得ができる。



 ひょっとして自室に引きこもっているのは、日光を浴びさせないためでもあるのだろうか。日光浴をすることで体内にビタミンⅮが作られる。ビタミンDは骨を成長させるには必要不可欠な栄養素だ。逆を言えば、日光を避けて敢えて体内にビタミンDを作らせないことで身長の伸びを遅らせているのかも。



「でも──これもあと何年続くんだろうね」



 冷やかすようなサムソン様の声に呼吸がとまる。



「いくらあいつでも流石に二十歳超えるとオッサン臭くなるでしょ。となると、セレニアのふりをするのはもう無理だよね」



 ご機嫌に話しながら歪んだ笑みを浮かぶサムソン様。まるでセレニア様がセレニア様でなくなるのを待ち望んでいるような口ぶりだ。悔しくて仕方がなかったが、歯を食いしばりグッと耐えた。



 だが、自分の無力さに打ちひしがれる間もなく、サムソン様はとんでもないことを私に告げた。



「あーあ。早く離れの塔に幽閉されねえかな。そうすれば父上の悩みの種もなくなって、さっさと僕に王位を譲ってくれると思うのに」



「……え?」



 たまらず変な声が出た。そんな私に向けて、サムソン様はわざとらしく「あれー?」とほくそ笑む。

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