第26話 あの夜の理由
「セナってば、ひょっとして知らなかった? あいつ、セレニアのふりが続けられなくなったら城から隔離されるんだぜ──旧庭園の近くにあるあのオンボロな塔にな。しかもあいつ、夜な夜な部屋から抜け出してあの塔を見つめてるっていうじゃん。いやー、可哀想だよね。こればかりはあいつに同情するよ」
旧庭園の近くと言われ、初めてセレニア様と出会った夜のことを思い出した。
あの時セレニア様は離れにあった古いレンガの塔を見つめていた。もしかして、近い将来自分が幽閉される塔を見ていたのだろうか。だとすると、あの夜彼は、何を思って──……
言葉を失うくらい愕然としていると、サムソン様が楽しげに「フフッ」と鼻で笑った。
「『なんで?』って顔してるな。あいつはね、存在するだけでいいんだよ。それが、あいつの王女としてのたったひとつの役目なのさ」
サムソン様いわく、万が一そうなった矢先には騎士たちにも国民たちにも「遠い異国の土地に嫁いだ」ということで話を通すらしい。
いっそのこと、本当にそうしたいところなのだが、偽りの王女を他国に晒す訳にはいかない。だから城からは出て行ってもらって使用されていない塔に移り住んでもらう。
と言っても、誰の目にも晒せられないから外には一歩も出ることは許されないだろう、とのことだ。
「こんな生殺しみたいなことをされるくらいなら死んだほうがマシだよねー。あ、でも秘密がバレたら口封じのためにそいつを殺して自分も死ななきゃいけないのか。大変だねー。あー、可哀想可哀想」
と言いながらも口元は笑っていた。ほんの少し前までは、「早く幽閉されればいい」と言っていた人だ。その言葉も出まかせなのだろう。
「でも、もしこのまま幽閉されることになったら、きみも近衛騎士クビかもね。でも、その時は僕が拾ってあげるから安心して」
サムソン様がまた嫌みを言ってくる。けれどもその嫌みにもリアクションできるほど私には余裕がなかった。
ショックすぎて頭の中が真っ白になっていく。セレニア様が離れの塔に幽閉される。あんな寂しい、誰ひとり近づかないであろう場所に──
呼吸が苦しい。頭が揺れる感覚がする。だが、そんな私をよそにサムソン様は「あ」と呑気な声をあげた。
「いっけね。もう時間じゃん」
どうやら私がサムソン様に借りられてもう三十分が経ったらしい。
「これ以上引き留めたらセレニアに何をされるかわからないし──名残惜しいけど、しばらくお別れだね、セナ」
サムソン様は残念そうに言うが、単に遊べるおもちゃがなくなることを残念がっているのだろう。寂しいと思っていないことは、そのにやついた口元を見れば十分わかる。けれども、「しばらくお別れ」というのは噓でないらしい。
「僕、これから領土を回ってくるんだ。ほら、僕ってば次期国王だろ? 外交とか、色々忙しいんだよね」
そういえば、前にイワン団長がそんなことを言っていた気がする。サムソン様いわく、この忙しさがひと月続くか、ふた月続くのかはまだわからないらしい。だが、シャムス国王の代わりに外交へ行くらしいから、「王位が継承される日も近いかな」と笑った。
「ということでその準備もあるから、もう出て行っていいよ」
自分から呼んだ割には呆気ない解放だった。だから私はここぞとばかりに「失礼しました」と頭を深く下げ、早足で彼の部屋を出た。
部屋から出た途端、膝を折りそうなくらい力が抜けた。
終わった。終始心臓が掴まれているような気分だったから、解放されても生きた心地がしなかった。帰ろう。とにかく今は、自分のテリトリーに戻りたい。
疲労でふらふらになりながら廊下を歩いていると、前方の部屋の扉がガチャッと開いた。現れたのはシャムス国王だ。しかもひとりでいる。
慌ててひざまずいて頭を下げるが、シャムス国王はそそくさとその場を去ってしまった。だが、私と鉢合うとは思っていなかったらしく、開けた扉が閉め切っていないのにも気づいていない。
シャムス国王の背中が小さくなったので、私は開いてしまった扉を閉めようとドアノブに手を伸ばした。その時、部屋の奥から蚊の鳴くようなか細い女性の声が聞こえてきた。
「そこにいるのは、だぁれ?」
その声に顔を出してみると、まず飛び込んできたのはこれまた立派なキングサイズのベッドだった。このベッドには天蓋がなく、窓から差し込む優しい光が真っ白な掛布団を照りつけている。どうやらわざと窓の近くにベッドを置いているみたいだ。
「よろしければ、入っていただける?」
「は、はい」
再び聞こえたか細い声におそるおそる応える。
扉を閉めて振り返ってみると、部屋の主はベッドに横たわっていた。その姿に私は無意識に息がとまった。そこにいたのは、セレニア様だった。
──いや、セレニア様ではない。髪色も顔も醸し出している雰囲気も演技をしているセレニア様そっくりだが、年は三十代後半くらいだし、何より瞳の色が碧眼だ。
セレニア様によく似た女性は、私を見てニコッと微笑む。
「初めて見る顔ね……ひょっとして、新人さん?」
「あ、はい。セナ・クロスと申します」
「ああ、あなたがセナだったの。確か、セレニアの新しい近衛騎士さんよね?」
女性は口元に手を持ってきて、「ウフフ」と上品に笑った。だが、シルクの服の袖から見えた腕は小枝のように細く、肌色も青白い。彼女が病人であることは一目見てわかった。
──彼女には初めて会う。だが、この城で働いている騎士として彼女を知らないとは言えないだろう。名前を尋ねなくたってわかる。このお方は、ルーナ王妃だ。
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