第24話 第一王子、再び
気を取り直して質問に答える。
「そうです。彼がヘンリー・グランツです」
「そう……可愛らしい顔をしているのね」
フフッと微笑ましそうにするセレニア様。だが、一瞬だけ「ん?」と眉をひそめた気がした。漏れた声は周りには聞こえていないだろうが、女性の声色に変えている割には低かったと思う。
「どうかされました?」
尋ねてみるが、セレニア様は「何がかしら?」と愛想よく笑うだけ。やはり私の思い過ごしだろうか。
そうこうしている間に慰霊祭が始まるらしい。騎士に呼ばれたセレニア様は三つ並んだキングチェアのほうへと向かっていった。
王族は四人。でも、チェアは三つ。ひとつはすでに座っているシャムス国王のものだ。彼とひとつ空けてセレニア様が座る。では、間のもうひとつは──
「やあ、セナ。ごきげんよう」
場違いとも取れる陽気な声に、反射的にひざまずく。すると、声の主は「あはは」とおかしそうに笑った。
「もうすぐ祭事も始まるんだし、そこまでしなくていいよ」
その言葉におそるおそる顔をあげると、ニコニコしているサムソン様がいた。残念ながら、空いた席は彼の者だった。
「サムソン様。ご着席を」
「わかってるよ。じゃーね」
近衛騎士らしき人に言われたサムソン様が、私に手を振りながら自分の席へ向かっていく。心臓が縮みあがる思いだったが、無事に難を逃れてホッとした。
サムソン様が着席すると、偽りの慰霊祭がしめやかに始まった。
吹奏楽団の綺麗な音色を聴きながら、静かに黙祷をする。それが終わったらシャムス国王が国民に向けて式辞を述べて終了だ。時間にして一時間もなかっただろう。短い慰霊祭だった。
「いやー、今年も終わった終わった」
サムソン様がチェアに座ったまま、うんと腕を伸ばす。まだシャムス国王ですら隣に座っているというのになんてだらしない態度だろう。
だが、シャムス国王はサムソン様を見向きもせずにさっさとバルコニーを去ってしまった。彼もまた、事務的に行事をおこなっただけ。そういうふうに見えてしまった。
シャムス国王が立ち去ったのを見計らってセレニア様も椅子から立ちあがった。けれども退却しようとしたところでサムソン様が呼びとめた。
「三十分だけでいいからさ、セナとふたりきりで話がしたいんだけど」
「え」
突然のことで思わず声が出た。だが、これには私以外にも──ハースト様やサムソン様の近衛騎士たちも驚いている。しかし、サムソン様は構わずにセレニア様に交渉を続けた。
「大丈夫。取って食ったりはしないさ。ただ、新人と親睦を深めたいだけってね」
サムソン様の笑顔は絶えない。この場合、不利なのはセレニア様のほうだろう。なんせ断る理由がない。この場には近衛騎士最強と言われるハースト様もいるのだ。彼がついている最中、新米である私がたった三十分抜けるだけで問題があるはずがない。それに、次期国王という力関係もある。
セレニア様が表情を曇らせて考える。私がサムソン様に苦手意識を抱いていることを知っているから悩んでいるのだろう。こんなに困らせるなら、余計なことを言わなければよかった。
じっとセレニア様を見つめてシグナルを送る。何秒が見つめているとセレニア様が私の視線に気づいたので、コクリと頷いた。
『行きます』
そうアイコンタクトすると、セレニア様にも届いたようで驚いた顔をされた。
小さく息をついたセレニア様がニコッと笑う。ただしここは、「笑顔」という仮面と言ったほうが正しいだろう。
「ちゃんと返してくださいね」
「そりゃあ、勿論……可愛い妹のお気に入りを取りはしないさ」
ふたりとも目を細めて頬をほころばせているが、バチバチと火花が飛んでいるのが嫌というほどわかる。けれどもここまでセレニア様が敵視しているというのに、サムソン様は涼しい顔で私に近づいてきた。
「んじゃ、行こうか」
「は、はい」
サムソン様に連れられ、バルコニーを出る。ついていった先は同じ階にあるサムソン様の自室だった。
サムソン様が自身の近衛騎士をふたりとも扉の前に立たせて、私を自室に招き入れる。
「失礼致します……」
彼の自室はセレニア様の部屋より派手だった。天蓋付きベッドはキングサイズで、床にはこれまた立派なペルシャ絨毯が敷かれている。その柄が赤くて派手だったから、目がチカチカしそうだった。あと違うところと言えばセンターテーブルとダイニングベンチか。こちらも宝石が装飾されたようなアンティーク品だ。どうやらサムソン様ははでやかなものが好みらしい。
「まあ、座りなよ」
そう言ってサムソン様がダイニングベンチに腰を下ろす。どう見ても高価なベンチだし遠慮しようと思ったが、怖い顔で見られたので渋々彼の向かいに座った。
「えっと……私にどんなご用でしょうか。先日の非礼のことでしたら、けじめをつけさせていただきますが……」
ガチガチになりながらもサムソン様に聞いてみると、サムソン様は腹を抱えて笑い出した。
「なあに? ひょっとして気にしてた? 大丈夫だよ。僕ってば、心が広いから。なんとも思ってないよ」
と、サムソン様はニコニコ顔で足を組む。それならば、どうして私のような新米騎士を自室に呼び出したのだろう。しかも、「ふたりきり」なんて言って。
身構えていると、サムソン様はへらっと笑いながら私に言う。
「本当、きみと世間話したかっただけなんだよ。たとえば──セレニアの話とか」
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