第23話 国王・登場
◆ ◆ ◆
翌日。朝。
慰霊祭当日ということで、侍女の人はいつにも増して忙しそうにしていた。それはエミールさんだって例外ではない。
一方、私とハースト様はというと、ふたりしてセレニア様の部屋の前で見張りをしていた。ただ今セレニア様はお着替え中。ということで男性陣(※自称込み)は追い出されているという訳だ。
国を挙げての行事だからか、セレニア様の着替えはいつもより時間がかかっていた。一時間は待っただろうか。やがて部屋の扉がノックされたので、ハースト様と一緒に振り向いた。扉を開けたのはエミールさんだった。
「お待たせしました。どうぞ」
エミールさんに招かれて部屋に入ると、着飾ったセレニア様が待ち受けていた。そのなんとも美しいお姿に、私は思わず感嘆の吐息を漏らした。
「おお……凄い……」
今日のセレニア様はいつもの清楚系なドレスとは違い、喪に服すための黒いドレスを着ていた。普段下ろしている髪はひとつにまとめており、黒いレースがついたヘッドドレスで絶妙に顔を隠している。
少しでも顔を隠すための工夫だろうが、流石は王族。顔が微妙に隠れていたって気品であふれていた。この姿であれば通りかかった人も男性だとは気づかないだろう。それは服装だけでなく、セレニア様の姿勢や視線、佇まいひとつひとつに「お淑やかさ」が現れているからでもあった。
「──行きましょうか」
そうやって発した声もまさしく女性。この方こそ、私が初めて旧庭園で出会った第一王女・セレニア様だ。伊達に十年演じていないだけある。
だが、彼がここまで上手く演じ切れている影の功労者は間違いなくエミールさんだ。きっとドレスを取り繕ったのも、彼に化粧をしたのも彼女だ。これぞ敏腕侍女。心なしか、普段より満足気な表情を浮かべていた理由がよくわかった。
「おい、置いていくぞ」
ハースト様の声にハッと我に返ると、いつの間にかみんなに置いていかれていた。
いけない。すっかりセレニア様に見惚れてしまった。気持ちを切り替えないと。
自分の頬を手のひらでパチッと叩いて気合いを入れ、先に行ってしまった三人に追いつくように部屋を出た。
部屋の外に出てみると、もうすでに厳粛な空気が漂っていた。見張りの騎士がおごそかな顔でセレニア様に敬礼している。どうやら、久方ぶりに姿を現すセレニア様に緊張しているらしい。
それにしても、うつむき加減で歩くセレニア様の物悲しげな表情と言ったら凄いものだ。本当に亡きサイラス様を偲んでいるみたいだ──サイラス様は自分自身だというのに。
だがここで、演技しているのは何もセレニア様だけでないことにも気づいた。セレニア様のドレスを引いているエミールさんも嘆かわしそうに唇をキュッと結んでいる。彼女だってサイラス様が存命であることを知るひとりなのに、そんな気を一切感じさせない。なんて演技派なのだろう。
一方ハースト様はいつも通り眉間にしわが寄るくらい怖い顔をしていた。彼は演じるつもりはさらさらないらしい。
けれども周りも彼のこの厳つい表情しか見たことがないから、演じなくても誰も怪しまないのだろう。私は余計なことをしたら墓穴を掘りそうだから何もしないでおくことにする。
緊張しながら城内を歩く。すると、バルコニーがある二階への階段を下りきったホールでシャムス国王御一行と出会った。
すぐさまひざまずき、シャムス国王に頭を下げる。しかし挨拶をしても特に返ってこなかった。それは実の娘──ということにしているセレニア様に対してでもだ。ただ、セレニア様にだけはチラッと視線を送ったのが見えた。
シャムス国王と会ったのはこれで二度目。前に会ったのはセレニア様の近衛騎士に任命された時だ。
謁見の間に通されてハースト様と共に挨拶をさせてもらった。ブロンズ色の長い髪に立派な口ひげを生やした「いかにも王様」というような風貌の人だ。
セレニア様の瞳の色はシャムス国王の遺伝のようで、彼も綺麗な琥珀色の瞳をしていた。だが、顔はセレニア様にもサムソン様にも似ていない。おそらくふたりはルーナ王妃似なのだろう。
そんなことを考えているうちにシャムス国王御一行がバルコニーに向かったので、ひざまずいていた足を直した。
私たちも彼らに続いてバルコニーに向かう。
バルコニーに出てみると、壁から張り出して上に伸びている
なお、ここでは敢えて「バルコニー」と言っているが、当てはまる名称がそれというだけで、実際は「大広間」だ。武器庫や宝物庫のある
ここから城全体を見渡せることもあり、慰霊祭や王位継承式など大事な行事はいつもここでおこなわれるらしい。
バルコニーの下は城門だ。すでに国民がサイラス様を偲ぶために参列しているが、老若男女関係なく疲れた顔をしていた。
この慰霊祭にも嫌々参列しているのが目に見てわかる。国民でさえこの態度だ。誰もサイラス様を偲んでなどいない。それならこんな茶番なんてやめればいいのにと思うのだが、そうもできないのがなんとももどかしい。
「あ、セナだ」
不意に名前を呼ばれたから振り向くと、ヘンリーがいた。こんな緊迫した空気であっても、ヘンリーは相変わらず屈託のない笑みを私に振る舞ってくれる。お互い勤務中だから敬礼しか返せなかったが、彼の笑顔を見ただけで心が和らぐ自分がいた。
「ひょっとして、彼が例の?」
聞き慣れない女性の声にドキッとすると、セレニア様が私を見て微笑んでいた。普段男性の声でしか聞いていないから、知らない声だと思ってついびっくりしてしまった。
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