第16話 アレン・ターナー

「アレンじゃん。おーい、アレーン!」



 ヘンリーが正面から紙袋を持って歩いてくる青年に向かって手を振る。



 もっさりとした黒髪のくせ毛が特徴的な人だった。皮と骨しかなさそうな細身な体を丸ませてだらだらと歩く姿はいつ見ても気怠そうで、大して会ってない私ですら、彼がアレンだとわかった。



「ああ……なんだ。お前らか」



 手を振っているのがヘンリーだと気づいた時、アレンはたれ目の眼を一瞬ひそめたが、すぐに面倒くさそうにため息をついた。



 アレン・ターナー。ダイニングカフェ〈ターナー〉の店主で、ヘンリーとは幼馴染らしい。年は私たちより少し年上の二十歳だとのことだ。だが、自分のほうが年上であっても堅苦しいのは嫌いらしく、私もフランクに接してもらっている。



「あれからシャーロットの様子はどうだい?」



「少しずつだが、孤児院にも馴染んでいるらしい。この調子ならこれからも問題なく過ごせるだろう」



 シャーロットというのは、私が助けたあの少女だ。シャーロットがいる孤児院では野菜を栽培しているようで、アレンはそこから野菜を買っているらしく、よく出入りしているそうだ。



 一見素っ気なく見えるアレンだが、こうして私の問いにもすぐ答えてくれるくらいシャーロットのことを気にかけてくれている。こう見えて優しい人なのだ。



「ごめんな。いきなりシャーロットのことを押しつけちゃって……」



「こいつの面倒事には慣れている。それよりも、こいつが子供を助けるほうがびっくりした」



「あはは。ちょっと俺と似ていたから、つい」



「ああ……まあ、そうかもな」



 遠い目になるアレンに思わず首を傾げる。もしかして、ヘンリーも孤児院出身なのだろうか。だが、改めて確認するようなことでもないから、ひとまず聞き流した。



「ところでお前らはどうした。サボりか?」



「これがサボりに見える? めっちゃ鎧装備してるじゃん」



「……セナは巡回に見える」



「俺も巡回中ですー!」



「あははは」



 突っ込むヘンリーを前に眉ひとつあげないアレン。そんなふたりの仲良しなやり取りを見ていると、自然と声が出るくらい笑ってしまった。



 いいなあ、幼馴染。みんなは何しているかな。



 仲睦まじい姿を目の当たりにして遠い世界にいる友人たちを思い、ちょっとだけ感傷に浸る。そんな私をよそに、幼馴染のふたりは話を続ける。



「それで、店はどうしたの? 買い出し?」



 ヘンリーがアレンの持つ紙袋を覗き込む。飲食店を営んでいるのだから買い出しくらいするだろうが、それにしては少量だ。



 私もヘンリーと一緒に首を傾げていると、アレンは「ああ」と紙袋から買ったものを取り出した。



 出てきたのは透明な液体が入っている瓶だった。見た感じ調味料ではなさそうだ。というか、理科室に置いてあるような薬品に見える。



「これって薬品? こんなのどこで買ったの?」



「……闇市で買ってきた」



「凄い。その一言だけで犯罪臭がプンプンする」



 これだけ無法地帯なのだから闇市くらい存在してもおかしくない。しかし、そんなところでアレンはいったい何の薬品を買っているのだろうか。だが、しかめ面で瓶に顔を近づけようとしたところでアレンにとめられた。



「あんまり近づくな。その液、皮膚が溶けるぞ」



「何を買ってるんだよ!?」



「なになに? 実験材料?」



「実験?」



 気になるワードに思わず反応すると、アレンはだるそうに頭を掻きながら「そういうこと」と答えた。



「これでもアレンって科学大好きなんだよ。子供の頃はよく倉庫を爆発させて怒られていたよね」



「へー、科学者か。凄いね」



 意外だった。科学はとんでもなく地道な作業と聞くから、気だるげなアレンが黙々と実験している姿が想像できない。けれども、いつも実験に力を注いでいるからこそ、普段はこんなにも無精ったらしいとのことだ。



「ということは、飲食店は副業?」



「副業っていうか……延長線だ。料理も科学みたいなものだし」



「あ、なんかそれは聞いたことある」



 調味料も味付けも科学に基づいている。そんなことを前に読んだ本に書いていたような気がする。といっても、弟が持っていた科学を題材にした漫画本だが。



「──おっと、すっかり話しこんでしまった。そろそろ巡回に戻るよ、ヘンリー」



「えー」



 私たちは勤務中。立ち話している暇なんてなかった。だが、ヘンリーは不服そうだ。アレンと話足りない……というよりかは、仕事に戻りたくないみたいが、ここは甘やかせられないので、「行くよ」と彼を諭す。



「それじゃ、アレン。私たちはこれで」



「ああ。こいつのことをよろしく頼む」



「ははっ、お任せあれ」



 と、笑いながら軽く手を振ってアレンに別れを告げる。その後も視線を感じたから振り向いてみると、アレンがじっと私たちのことを見つめていた。ヘンリーのことが余程心配なのだろうか。まあ、私に腕を引っ張られるこんな幼馴染の姿を見れば心配になるか。



「あんまり、アレンを心配させちゃだめだぞ」



「はーい」



 返事はするものの、言葉が軽い。今も私にほどかれた手を頭の上に置いて組んでいる。わかっているのだか、わかっていないのだか。「よろしく頼む」と言われた矢先だが、部署も変わってしまったし、今後がちょっと不安である。



 だが、そんな心配も不要のようだった。彼は私を差し置いてひとり異変を察知していたのだ。

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