第14話 怪しい者ではないんだってば
『ありがとう。あとのことを考えてなかったから、助かったよ』
『いいよいいよ。助けたのは俺の気まぐれだし。じゃ、俺たちも行こうぜ』
『い、行こうって、どこに?』
『え? 騎士試験の会場。きみも受けるんだろ?』
『えっと……ごめん。この街に来たばかりで、話が全然読めてない……』
『あ、セナってもしかして外国の人? そういえば、変わった服を着ているもんね』
と、ヘンリーに顔からつま先までまじまじと見られたが、あの時の私はそう見られて当然な格好をしていた。
ヘンリーの服は麻布だった。変わって私はナイロン素材のジャージ。しかも、よりによって私の高校の指定ジャージはえんじ色を基調としており、変に目立って絶妙にダサい。そんな格好をしていたものだからヘンリーには私が異民族に見えたのだろう。
『セナって、どこから来たの?』
『え、えっと……日本の……東京……』
しどろもどろになりながらも答えてみるが、ヘンリーには『にほん? とーきょー?』とキョトンとされた。しかし、すぐに興味が失せたのか、頭の後ろで腕を組みながら『まあ、いいか』と言われた。
『行くところがないなら一緒に来る?』
『え? いいのかい?』
『いいよ。ここで会ったのもなんかの縁だろうし、試験の様子を見て、興味があったらセナも受けてみればいいよ』
そう言ってくれたので、私はヘンリーについていくことにした。
初めて巡ったヴィラスター王国の城下町はとにかく衝撃的だった。なんせ盗人も暴力も奴隷制度も全て受け入れられているのだから。女性の泣き叫ぶ声が聞こえるたびに反応して、ヘンリーに『いちいち気にしていたら疲れるよ』と言われたことも、今となっては懐かしい。
ちなみにこの時からすでにセレニア様への脅迫文が届いていたらしく、騎士の巡回も厳しくなっていた。私がヘンリーと一緒に歩いていた時も反逆者と思われた市民が騎士に制圧されていた。
『姫様に脅迫文が届いてからずっとあんな感じでさー。ま、そのおかげで騎士を増員するから、俺にとっては願ったり叶ったりなんだけど』
『脅迫文か……物騒な話だけど、濡れ衣を着せられたほうはたまったもんじゃないよね。私も反逆者に疑われないように気をつけないと』
『ははっ、セナは大丈夫でしょ。きみみたいな真面目そうな人は余程おかしな行動や格好をしない限り目をつけられることは──あ』
そう言いかけたところで、ヘンリーの表情が固まった。視線の先は、私の服である。
『あ』
変な格好。それはすなわちこの上下えんじ色のジャージ。周りが土に汚れた麻布の服の中に紛れて存在する上下えんじ色の服を着た私は、この街で目立たない訳がなかった。
まずい。先に着替えればよかった。
そう思ったのも束の間、背後から『おい』と男性の低い声が聞こえた。
ヘンリーと一緒におっかなびっくりしながら振り返ると、あごひげを蓄えた体格のいい騎士──イワン団長が立っていた。
『お前ら、そこで何をしている。この先には王族が住まう城しかないぞ』
そう言いながらもイワン団長は険しい顔で私のことをジロジロと見ていた。口では「お前ら」と言っていたが、怪しんでいるのは私だ。
『そこの変な服を着ているお前。その細長い袋はなんだ』
イワン団長がまっすぐ私の顔を見て尋ねた。細い袋というのは竹刀袋のことだ。現世の物だからか、存在を知らなかったのだろう。
『これは竹刀袋と言って──ん?』
そう言いながら中身を取り出した時、事の重大さに気がついた。
「竹刀袋」と言うくらいだから、中に入っているのは竹刀だ。竹とはいえ柄もあるし、刀身もある。あの時の私は、傍から見れば銃刀法違反の現行犯だっただろう。
『ち、違うんです! これはたまたま持っていただけで、反逆する気はこれっぽっちも──』
『反逆?』
口を開けば開くほどイワン団長の顔がいぶかしくなった。この時点で「あ、終わった」と思った。道中で見かけた人みたいに私も彼に制圧されるのだ、と。
だが、ここでもヘンリーが助け舟を出してくれた。
『俺たち、騎士試験を受けに来たんですよ』
『へ、ヘンリー!?』
慌ててヘンリーの腕を引っ張り、後ろへ下がらせた私は、イワン団長に聞こえぬよう小声で耳打ちした。
『俺たちって……私、まだ試験受けるか決めてないんだけど』
『でも、こんな武器を持っていたら騎士志望で通したほうが安全だって』
『それはそうだけど……』
『大丈夫だって。セナってば、強いだろ?』
と、ヘンリーに背中を叩かれた。満面の笑みを浮かべるヘンリーとは裏腹に私の頬が引きつった。
だが、そうこうしている間もイワン団長は怖い顔で貧乏ゆすりをして私らの会話を待っていた。諦めた私は「はあ」と息を吐いて、イワン団長に申し出た。
『……騎士の試験、受けたいです』
しかし、そう言ってもイワン団長に鋭い目でにらまれた。
『騎士になれるのは男だけだ。お前、女ではないよな?』
あの時は本当に全身の血の気が引いていくのを感じた。女性である私は試験には受けられない。だが、そう思っていたのは私だけのようで、イワン団長はヘンリーを怪しい目で見ていた。
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