第13話 絶対王政・ヴィラスター王国


 久しぶりにやってきた城下町は、相も変わらず腐っていた。



 ほとんど何も入っていない無人のマーケットワゴンに、人目を盗んで商品を奪う少年。ボロボロな服を着て、青白い顔で歩く中年男性。そして、痩せ細った体で大きな水瓶を運ぶ女性。その首には鎖がついた首輪がつけられている。やぶけた服から見える肌はいたるところが痣だらけで、痛々しい姿に目をそらしそうになる。



 だが、これがヴィラスター王国の城下町の日常。割れた土壁の家から聞こえてくる男性の怒鳴り声と泣いて謝る女性の声も、この街ではBGMのようなものだ。



 服装は当時と違えど、こうしてふたりで並んで城下町を歩いていると、ヘンリーと出会った時を思い出す。



「セナもこの街に慣れたみたいだね」



 そうやって話しかけるヘンリーの笑顔はいつになく乾いていた。



「あの時のセナ……誰の悲鳴があがるたびに肩をすくみあげていたもんね」



 ヘンリーもその当時のことを振り返っているのか、遠い目で空を仰ぐ。彼の言う通り、変わったのは私の感覚だ。



 煌びやかな城内にいると感覚が狂ってしまうが、ヴィラスター王国の治安は悪い。



 まともな飯を食べられるのも城に仕えている騎士か、奴隷を売る人身売買者か。この国では男尊女卑が顕著に表れており、特に女性の価値はないに等しい。奴隷として売られなければ野垂れ死ぬか国外逃亡か、そこまで落ちぶれるという。



 この有り様からわかるように、このヴィラスター王国は国として終わっている。



 第一王子であるサムソン様はあんな感じで人望がないし、シャムス国王は国民には興味を示さず、セレニア様の正体を隠すので精いっぱい。ルーナ王妃はというと、病床に伏せてから十年は民衆の前には出ていないとのことだが、実際のところどうだか。



 こんな状況なものだから、城下町が栄えていないことも、人身売買が当たり前におこなわれていることもみんな見て見ぬふりをしている。



 情けない。情けないのだが、権力者うえが動かなければ、下っ端は何もすることができないのだ。



 胸を痛めながらも、心を鬼にして見回りを務める。しかし、私らが取り締まれるのは人身売買している輩でもなければ、奴隷を虐待している輩でもない。反逆者ただ一点のみだ。



 国民からしてみれば、騎士の私らは役に立たない存在だろう。多分、恨まれている。だが、文句は言われない。この国の民は理解しているのだ。ヴィラスター王国は「絶対王政」でもあるから、国王及び国王に仕えている私たち騎士には歯向かうことができない。



 そんな感じだから、この国で生きるには売るか、売られるか、仕えるか、この三つしか選択肢はないなんて言われている。



 しかし、そうやって権力で押しつけていたこの国の秩序がついに崩れようとしている。そのきっかけがセレニア様への脅迫文だ。



 これには城内も戦慄が走っただろうが、私からしてみればこれまで反逆が起こっていなかったほうが驚きだ。



 いつ反逆が起こるかわからない。そんな状態だから、私たち騎士はこうして目を光らせて街を巡回している。



 イワン団長曰く、「少しでも怪しい動きをしている者がいれば取っちめていい」とのことだ。勿論、この「怪しい動き」は犯罪ではなく、反逆のほうである。



 今だって、先に巡回していた先輩騎士がとある男性市民を詰め寄っていた。男性は涙目になりながら「誤解です!」と必死に弁明しているが、先輩の目は怖い。



 こんな緊迫した空気なのにもかかわらず、どういう訳かヘンリーはその光景を見て必死に笑いを堪えていた。



「おい、ヘンリー。どうしたんだよ。全然笑うところじゃないだろ?」



「くくくっ……いや、ごめん。ああいうのを見ると、騎士試験のことを思い出しちゃって……」



「あ……うん。なんかわかる」



 その出来事を言われてしまったら、これ以上私は彼を責められなかった。なんせ、私とヘンリーもああやって取り締まりさせそうになったことがある。しかも、イワン団長に。



「あの時は本当に焦ったよ。ヘンリーが機転を利かせてくれなかったら、どうなっていたか」



「機転っつうか……最初からそのつもりだったんだろ?」



 と、ヘンリーが笑う。ちなみにその「機転」というのが私の騎士になったきっかけであり、以前セレニア様と経緯を話した時に端折った「色々なこと」である。



 ──あれももう、ひと月近く前の話になるのか。



 ヘンリーとは運命の糸にたぐり寄せられたような出会いだったと思う。



『俺はヘンリー・グランツ。きみたちは?』



『黒……いや、セナ・クロスだ』



 そうやって互いに自己紹介をしてから、事はとんとん拍子に進んだ。



 私に倒されて伸びた男と、突如現れたヘンリーに怯える少女。そんな光景を見てすぐに状況を察してくれたヘンリーは即座に助け舟を出してくれたのだ。



 ヘンリーは私と少女を〈ターナー〉というダイニングカフェに連れて行ってくれた。ここはヘンリーの友人が経営している店らしく、孤児院にも伝手があるとのことだった。何より、飲食店だから食事にも困らないだろう、とのことだ。



『俺はこれから騎士試験があるから。店主によろしく伝えておいて』 



 そう言ってヘンリーは少女の中へと送り届けた。



「顔を合わせると苦言を言われるから店には入らない」なんて言っていたが、こうして少女のためにひと肌脱いでくれただけでも彼の人の好さは十分に伝わった。

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