第9話 正直者の隠し事

「んで……その同僚というのは何者なのだ?」



「同僚ですか? ヘンリー・グランツという者です。私とは全然違うタイプなんですけど、優秀な子だからそのうちセレニア様もお目にかかるかと」



「ほう……んで、年齢は? どういう顔立ちをしている」



「と、年? 確か私たちと変わらなかったと思いますが……顔立ちは、まあ、とても整っていますよ」



 と、ヘンリーのことを話してみるが、セレニア様は「へー」と言うだけでそっぽを向かれた。聞いてきたのはそっちなのに、反応が悪い。というか、ヘンリーが気に食わないみたいだ。



「どうしたんですか? そんなにヘンリーのことが気になります?」



「べ、別にそんなことはない!」



「とかまた言って、さっきからめっちゃ気にしてるじゃないですか。ヘンリーが何かしました?」



 さっぱり視線を合わせてこないセレニア様を質問攻めにしながら顔を覗き込んでみる。すると、セレニア様は「寄るんでない!」と私を押しのけた。いつもはそっちから近寄ってくるのに、変なセレニア様だ。



 だが、セレニア様が不機嫌な理由は私が思ったより根深かった。



「自分でもよくわからないのだが……お前が他の男の話をすると、こう……もやっとするのだ」



 口を手で覆いながら頬杖を突くセレニア様。隠しきれていない頬はしっかりと赤く染まっている。



 どうして彼はこんなにも照れているのだろう。照れる理由。不機嫌になる理由。これはもしかして。



「もしかしてセレニア様……妬いてます?」



「なっ! 馬鹿野郎、どうして俺が妬かなければならないのだ!」



「あはは、そうですよね」



 そうやって笑ったものの、セレニア様は相変わらず不機嫌そうだ。それに加え、なんだかばつが悪そうに自分の頬を掻いている。これはどう見ても、焼き餅を焼いているようにしか見えない。



「大丈夫ですよセレニア様。ヘンリーはただの友達ですので」



「だから、そういう意味では──」



「あー、でも。運命の相手ではあるかもしれません」



 遮ってきた私の言葉に、セレニア様は「何」と眉を動かした。だが、決して赤い糸で結ばれているとか、そういう意味ではない。



「だって、彼と出会わなければ、私はこうしてセレニア様の近衛騎士になれなかった。私たちを巡り合わせてくれたのは、間違いなくヘンリーです。だから、私は彼に感謝してます」



 そう言ってみせると、セレニア様は目が点になった。だが、すぐに顔をしかめ、「はぁぁぁ」と深いため息をついた。



「……そんなまっすぐな目で言われたら、返す言葉もないわ」



 うなだれながら、セレニア様は呟く。そうやってコロコロと表情を変えるセレニア様が面白く、つい笑みがこぼれた。



 そんなセレニア様を見つめていると、やがてセレニア様が徐に面をあげた。



「だが……おかげでようやくわかった。お前の眼差しが、他の連中と違う訳をな」



 そう言いながらセレニア様が私の手を取って、軽く引き寄せた。



 この顔の近さでその大きな琥珀色の瞳で見つめられると、勝手に息がとまってしまう。だが、セレニア様はこわばる私に構うことなく、じっと私の目を見つめ、添えるように私の頬を触れながら「フッ」と小さく笑った。



「お前の眼差しには濁りを感じない。まっさらで、まっすぐな正義を感じる。こんな腐った国に仕える騎士とは思えないほどな」



「私の話、信じてくれるんですか?」



「当たり前だ。それに、お前がこの俺に嘘をつけるはずがないだろう?」



 ニンマリと笑いながら、セレニア様はコツンと私の額を小突く。だが、口元では悪戯っぽく笑っていても、その眼はとても優しくて、穏やかだった。



 そんな表情をされるたびに、私は思う──ああ、その顔、ずるいなあ、と。



 最初は横暴な人かと思ったが、決してそうではなかった。彼はまだあどけない十八歳の青年。こうして妬いて、こうして笑って、こうして私のことを信じてくれる、心優しいただの青年。だが、そんな彼の魅力を知る人もごくわずかなのが勿体なくて、心苦しい。



「ありがとうございます」



 私は彼の手をすり抜けるように後方に退き、その場にひざまずいて頭を下げた。覚えたての騎士の振る舞い。その振る舞いを見てセレニア様は「様になってるな」とまた笑った。



 ──そう。私は彼に仕える騎士。私が、彼を護るのだ。たとえこの手が汚れたとしても。



 そうやって自分を奮い立たせているはずなのに、私の胸は釘が刺されたように痛かった。いや、痛んでいるのは胸ではない。私の良心だ。



 私が彼の騎士に向いていないことは、私自身が一番知っている。



 ──お前がこの俺に嘘をつけるはずがない……か。



「嘘」をつけない私だが、これまで必死に隠していることがある。それは騎士として致命的な、どうしようもない弱みだ。



 そんな弱みが彼に気づかれた時、果たして私は騎士を続けられるのだろうか。そして、彼の隣にいられるのだろうか。そんな不安な気持ちが渦巻いていく。



「おい、どうかしたか?」



 一向に顔をあげない私に、セレニア様が心配そうに声をかける。



 そんな心配を拭えるように、私は「大丈夫です」と精いっぱい笑ってみせた。セレニア様が顔をしかめながら小首を傾げたが、それも気づかないふりをした。

  

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