2章 ヴァルキリーと新米騎士

第10話 新しい朝が来た


 朝。いつも通り私は近衛騎士の居室で目覚める。



 内城勤めである近衛騎士は城内に居室を用意される。中には城外に居室を持つ人もいるらしいが、セレニア様の近衛騎士である私とハースト様、そして侍女であるエミールさんは違う。



 私たちはセレニア様の両隣の部屋に居室がある。すぐにでも護衛を交代できるよう、隣の部屋にしているらしい──というのは表向きの話で、おそらくネズミ一匹セレニア様に近寄らせないため、こうした配置になったのだろう。



 ちなみに申し訳ないことに私とハースト様は相室だ。私が男として暮らしているから、エミールさんと同室にする訳にはいかなかったのだろう。



 私は元々弟と相部屋だったからハースト様が同室でも気にしていないが、ハースト様がそうとは限らない……



 と思って非常に肩身が狭かったが、実際はそんな心配は一切必要なかった。



 というのは、どちらかが護衛している間にどちらかが仮眠を取るようなシフトなので、私たちふたりが同室で寝るということはないのだ。現にこの部屋に来てひと月以上は経つが、そういったことは一度もない。



 これからセレニア様は朝食に入る。朝食中は侍女のエミールさんがついてくれるから、その間にハースト様と護衛を交代する。それまでに身支度を終わらせないといけない。



 寝巻から騎士装備に着替えて、ハースト様の到着を待つ。そうしている間に、居室の扉が「ガチャッ」と音を立てて開かれた。ハースト様のお戻りだ。



「お疲れ様です、ハースト様。引き継ぎ事項はございますか?」



 尋ねると、ハースト様は無言で首を横に振った。無言なのはいつものことで、疲れている訳ではないそうだ。今だって夜勤で夜も寝ていないというのに、厳めしい顔つきは変わっていない。疲れを一切見せないプロ根性には脱帽ものだ。



「かしこまりました。では、行って参ります」



 と、いつものように頭を下げるとハースト様に「待て」ととめられた。



「イワンから一日だけお前を貸してほしいと頼まれた。助っ人に行ってやれ」



「助っ人……ですか」



 私が前にいた部隊が人手不足になっていることは知っているし、その理由もわかる。なんせ護衛強化のためにふたり騎士を増加したのに、そのふたりが私の異動と先輩の負傷で増員の意味を成していないのだ。



 それに、私も先輩が負傷した現場にいたから彼の状況は知っている。彼が快気できるのはまだまだ先だろう。



 イワン団長からしてみれば即戦力がほしい。そしてひとり欠員したところで穴が開かないところ。そういうことで私に白羽の矢が立ったようだ。



「でも、ハースト様は昨日から寝ていないでしょう? 休まれなくていいのですか?」



 私が抜けるということは、ハースト様は引き続きセレニア様の護衛に就くことになる。となるとハースト様は働き詰めになるのだが、ハースト様は眉ひとつ上げず淡々と私に告げた。



「セレニア様は元々ふたりで護衛をしていたのだ。お前ひとりいなくなったところで、どうってことない」



「さ、左様ですか……」



 そもそも私が近衛騎士になることがイレギュラーだったのだ。彼にとってはむしろこの「働き詰め」が通常営業らしい。



 ちなみにエミールさんは侍女であるが剣技と格闘技の心得があり、なんならそんじょそこらの騎士より強いらしい。



 男性陣最強のハースト様。そして女性陣最強のエミール様。確かにこのふたりに護られていればなんの問題はないだろう。



「それでは、改めて行って参ります」



「よろしく頼む」



 そう言いながら、私たちは居室を出た。

 ハースト様はセレニア様の部屋に、私はイワン団長が待つ騎士の寄宿舎へと向かう。



 寄宿舎は城の離れにあるから、一度外へ出なければならない。私らの居室は城内三階奥にあるから、ここからだと十分くらい歩く必要があった。流石王族が住む家。広すぎる。無論、エレベーターというものはない。



 螺旋階段を下り、ようやく玄関ホールへとたどり着く。「玄関」と言っても城だ。ここだけで舞踏会でも開けそうなくらい広かった。



 今でこそ見慣れたが、初めてこの城に踏み入れた時は心がうっとりしたものだ。



 大きな窓から差し込む温かい陽の光。その光に反射して光るきらびやかなシャンデリア。ゆるやかな孤を描く真っ白な階段。どこまでも続いていく長い廊下。白い石柱に大理石の床。この光景を目の当たりにすると、改めて「ここは異世界なのだな」と思い知らされる。



 だが、廊下からはそんな華麗な眺望と似つかわしくないくらいあさましい笑い声が聞こえていた。



 感じたあの方の存在に即座にひざまずく。声の主に私の姿が見えてなかろうが関係ない。彼を目にしたらひざまずく。これが、城のルールだ。ただし、暗黙の。



「ほらほら、こっちは未来の国王だよ? もっと頭を下げなよ」



 ひざまずいたまま声がしたほうにチラリと視線を向けると、案の定、廊下であの方が騎士をいびっていた。



 彼はサムソン・クレスウェル様。この国の第一王子だ。



 年齢はおそらく二十歳くらい。腰まで伸びた銀髪にセレニア様と同様綺麗な琥珀色の瞳を持つ美しい人だ。



 金色の刺繍が入ったエレガントな真っ赤な服装も相まって、遠目からでも優美さが際立っている。護身用と思われる腰に差さった剣も私が持っている錆びついたなまくらより立派そうだ。



 サムソン様はそんな立派な剣の切っ先を騎士に向け、ツンツンと兜を突いていた。遠くからでも騎士が困惑しているのがわかるから、多分彼が何かしでかした訳ではないだろう。



 サムソン様はああやって見かけた騎士をいびるのが趣味みたいな人だ。あの感じだと、「挨拶が遅い」とか「姿勢が悪い」とか難癖つけたに違いない。

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