第8話 異世界転移って、本当にあるんですね
『お、お前……いつの間に!』
『いつの間にって……まあ、本当に「いつの間に」なんでしょうね』
そんなことを言いながら、改めて観察に入る。
男がいたいけな少女を襲おうとしているだけでだいぶ衝撃的なのだが、それ以外にもこの光景に異様さを覚えた。少女の格好だ。
少女は色白の肌にさらさらの金髪という西洋のお人形のような可愛らしい子だった。そんな子がボロ雑巾みたいな汚れが染みついたやぶれたワンピースに鎖がついた首輪をつけていた。この姿は、まるで奴隷。それに加え露わになった足や腕には切り傷や痣がついていた。多分、虐待もされていただろう。
男に憤りを感じながら竹刀を構える中、少女がずっと私のことを見ていた。
たすけて。
声は出ていなかったが、口は確かにそう動いていた。私が彼女を救う理由なんて、それだけで十分だった。
『その子を離してください』
『な、なんだお前……仕事の邪魔をするなら殺すぞ』
そう言って少女から手を離した男は、腰に差さったサーベルを抜き出し、私に切っ先を向けた。一対一。銃は持っていない。ならば私でも勝てると思った。
『そっちから切っ先を向けてきたんだ。少しくらい痛い目を見たって文句はないだろ?』
『は? 何を言って──』
男が発言を終える前に私はすでに踏み込んでいた。
男には一瞬で私が彼に詰め寄ったように見えただろう。口をあんぐりと開けた男と目が合ったが、私は構わず男の手の甲に向かって竹刀を振り下ろした。
『いってぇ!』
男が悲痛な声をあげ、持っていたサーベルを落とした。ついでに素早く腹部に竹刀を振るってもう一本。男はカッと目を見開いたまま、膝から崩れ落ちた。運悪く、私の技が鳩尾に入ってしまったらしい。男は倒れたまま動かなくなった。
『……流石にやりすぎたか』
かといってこれが「面」だったら相手は死んでいたかもしれない。最小の被害で勝負がついたなら良しとするか。
と、勝手にひとり納得していると、突然腰元に細い腕が回った。ふと視線を落とすと、助けた少女が泣きながら私に抱き着いていた。
『う、うえーん……怖かったよー……』
『うんうん。そうだよね。ここまでよく頑張ったね』
なるべく優しいトーンで、泣きじゃくる少女の頭を撫でた。すると、少女はぐしゃぐしゃに濡れた顔を自分の手で拭いながらニコッと笑った。
『ありがとう、お兄ちゃん……』
『お、お兄ちゃん……?』
思えば、私への「勘違い」は、これが始まりだった。
少女の発言に思わず頬が引きつった。しかし、髪も短いし、ジャージ姿だし、竹刀一本で刃物を持った男を即行でぶっ飛ばしたのを見たら私のことを女だと思うのは難しいだろう。
実際、これまでも何度も男だと間違われたし、今更訂正するのも面倒くさい。勿論、その一瞬の怠惰がこの世界で生き残る「正解ルート」だったのはこの時は思いもしなかった。
「やれやれ」と息をついていると、突然背後から「パチパチ」と誰かの拍手が聞こえてきた。この一連の流れを一部始終見ていた者がいたのだ。それが、私の同僚だ。
『きみ、強いね! もしかして騎士志望?』
そうやって彼はニコニコ顔で私に近づき、そのまま私を騎士試験に誘ってくれた。
無論、そこに至るまでも色々あったのだが……長くなりそうなのでここでは割愛した。
◆ ◆ ◆
「──そんな感じで鞄と竹刀しか持っていない状態で、私は異世界であるこの『ヴィラスター王国』に飛ばされた、という訳です」
そこまで話すと、案の定セレニア様は呆気に取られたように何度も大きな目を瞬きさせていた。そうなるのも無理はない。なんせ私自身もこの事態が「まだ夢かも」と思っているくらいだ。
だが、ジャージのポケットに入っていたスマホの画面がバッキバキに割れて壊れていたから、私が交通事故に遭ったことは夢ではない。
「異世界転移」についてすんなりと受け容れることができたのは、おそらく弟が持っていたその類いの漫画を読んだことがあるからだ。まさか自分が、トラックに轢かれて異世界に飛ばされるなんてテンプレートに巻き込まれるなんて思ってもいなかったが。
しかし、あの手の漫画の主人公がたいてい身ひとつで異世界に転生なり転移している中、持っていた荷物も一緒に転移できたのは幸運だっただろう。
といっても使えるのは水筒と着替えだけだが、それでもあるのとないのとでは全然違う。特に「汗を掻くから」と下着一式を数着用意してくれた母には心の底から感謝した。おかげでなんとかこの世界でも衣類に困らずやっていけている。
「ちなみにその時助けた女の子は、同僚の伝手で無事に隣の領土にある孤児院に保護してもらったそうです。よかったですよね」
「そうか。同僚な……」
先ほどまで口が開くくらい愕然としていたのに、セレニア様は「ふーん」と言いながら足を組んで太ももに肘をついた。しかもなぜが口をとがらせて、むすーっとしている。
不思議そうに首を傾げていると、セレニア様は視線だけ私に送って、端的に尋ねた。
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