第6話 「戦姫」と書いて「ヴァルキリー」

「俺が隣にいながら上の空とはいい度胸だな。湯浴みの間に何かあったか?」



「い、いえ、何も……」



 プルプルと首を振って否定する。



 そもそも侵入者の存在自体口留めされているのだ。これは彼の父であるシャムス国王からの命令だ。「セレニアに余計な心配をかけないように」という国王なりの気遣い──ということになっているが、ハースト様いわく「面倒事を大きくしたくないのだろう」とのことだ。



 だからこんなセレニア様の脅迫文と繋がりそうな事件があっても騎士たちの士気は上がっていなかった。言えば可憐な王女様を護ろうと気合いが入る騎士もいたかもしれないというのに、不思議でたまらない。(中身は男性だけれども)



 そんな理由があるから私も誤魔化さなければいけないのだが、一度否定したところでセレニア様は引かなかった。



「本当に、何もないのか」



 大きな瞳でじっと私を見つめ、念を押してくる。そんな真面目な顔をして見つめられると、私もどうしていいかわからなくなる。



「な、何もないって、言ってるじゃないですか」



 スッと目を逸らして抵抗してみるが、思えばそれがいけなかった。うろたえながら逃げる私を見て、セレニア様は「ククッ」とおかしそうに笑った。



「お前、顔に隠し事してるって書いてあるぞ」



「え」



「まあ、よい。そこまで隠すということはお前にも事情があるのだろう。これ以上聞かないでおいてやる。感謝しろよ」



「は、はい……ありがとうございます」



 とは言いつつも、セレニア様は口をへの字にして不貞腐れていた。業務上のこととはいえ、隠し事をされているのが嫌なのだろう。誰だってそうだ。



「追及しないでえらいです、セレニア様」



「フン、お前に褒められたところで嬉しくもなんともないわ。というか、俺を子供扱いするな。お前と俺は齢が同じであろう」



「あはは。そうでしたね。これは失礼しました」



 笑いながら謝罪したら、セレニア様に「ぷいっ」とそっぽを向かれた。しかし、それも一瞬のことで、私の顔を見ながらセレニア様はひとつため息をついた。



「お前はここまで正直な輩なのに、アレなことがバレないのが不思議でたまらん」



「アレなこと」というのは、私が女性であることだろう。確かにここまで嘘がつけないわかりやすい性格だったら、とっくの前に女性だとバレて処刑されていそうだ。だが、これに関しては心当たりがあった。 



「おそらくですが、作っていないからではないですかね」



 つまり、私は「男装」をしているつもりではない。これが「素」なのだ。



 髪も元々耳まで出るくらい短かったし、声も女にしては低い。あと、残念なくらい胸板が薄く、正直サラシすら巻いていない。身に着けているのは、たまたま持ち合わせていたスポーツブラだけだ。



 それに勤務中は鉄の胸当てをしているし、問題の手も小手で隠されているから余計に気づかれない。体格と環境に恵まれたのだ。一人称が「私」でも気づかれていないのがその証拠だろう。



「ほぅ……ならば、俺は相当な目利きだったってことだな」



 私の話にセレニア様が満足そうに微笑む。しかし、実際この人の着眼点は素晴らしかった。私なんて制服のスカートを履いていた時だって男性と間違われてばかりだったというのに。



「でも……こんな見た目だから女の子に告白されることもしょっちゅうでして……本気で男だと間違えられて愛の告白された時は、泣かれてしまって胸が痛かったです」



「あっはっは! それは愉快だな。おい、その類いの話をもっと聞かせろ」



「えー……そんな面白い話なんてないですよ?」



 と言ったところですでにセレニア様の目はキラキラと輝いていた。こんな好奇心に塗れた輝きを見せられたら、私も嫌とは言えなかった。



「そうですね……十四歳の時に竹の棒を振って練習していたら、誤って仲間の胴体に棒が当たって肋骨を骨折させた話でもします?」



「『します?』とか言いながら全て語っているではないか……しかし、どうしてだろうな。お前の焦る姿が容易に想像できてしまう……」



「おっしゃる通り、あの時は焦りまくりましたよ。なんせ、こっちは軽い力でやったつもりなんですから……人間の骨って、脆いんですね。おかげで翌日からのあだ名が『戦姫』と書いて『ヴァルキリー』でしたよ」



 半目になりながらそう言うと、セレニア様が「ぶはっ」と吹き出した。人の残念な過去話を聞いておいて吹き出すとはなんて失礼なのだろう。



 けれどもやさぐれそうになる私を差し置いて、セレニア様は腹を抱えてゲラゲラ笑う。



 そんな爆笑するセレニア様をむすーっとしながら見ていると、セレニア様は「すまんすまん」と言いながら自分の目を指で拭った。涙が出る程ツボだったらしい。



「……そんなに笑うなら、もう昔の話はしませんよ?」



「む……それは勘弁してくれ」



 あれだけ笑っていたセレニア様の顔がシュンッと残念そうになる。普段はあれだけ高飛車な感じでおらついているのに、こういう時だけやけに素直になるセレニア様。それがなんかおかしくて、私もつい笑ってしまった。

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