第3話 『セレニア様は女性です』

『言っておくが、表沙汰になった時だけではなく、気づかれそうになったというだけでも俺は躊躇なくお前を切るぞ。わかったな』



 セレニア様が私にぬっと顔を近づけ、人差し指で私の額を小突く。さっきの楽しげな笑みとは打って変わって獰猛な表情だ。この答えは「はい」か「イエス」しかない。それくらい、私にだってわかる。



 それなのに、どうして私は肝心な時にこうなってしまうのだろうか。



『も、も、も、勿論でございます』



 その返答は自分でもびっくりするくらい声が震えていた。セレニア様の顔の怖さで怯えていたのではない。動揺していたのだ。



 この態度にセレニア様がすかさず眉をひそめた。おそらく、私の様子に違和感を抱いたのだろう。その違和感は間違いなく正しい。



『お前、試しにハーストに俺の性別を言ってみろ。ハースト、こっちに来い』



『はっ』



 セレニア様に呼ばれたハースト様が私の元へやってきた。



 正座をしている私の前に立つだけで、私はハースト様の影に包まれた。それだけでも彼の威厳を発揮するのは十分だ。小心者の人ならば、こうして彼が目の前にいるだけで委縮してしまうだろう。



 しかし、私はそういった威厳や気迫には慣れていた。ハースト様に怯えることはない。怯えることはないのだが……。



『いいか。ちゃんとハーストの目を見て言うのだぞ』



『は、はい』



 単純なことだ。「セレニア様は女性です」と言うだけ。たったこれだけのことだ──にもかかわらずに。



『セ、セ、セレニア様はだ……女性です』



 あろうことかどもった上に「男性」と言いかけてしまった。ついでに言うと、ハースト様の目を見ることができず、高速に視線が泳いでいた。



 常に厳つい顔をしているハースト様のあんな目が点になった顔を、これまで見たことがあっただろうか。無論、私が彼に委縮した訳ではない。口が勝手にそう動いてしまったのだ。



 ──そう、私は、極端に嘘がつけないのだ。



 これについてはその場にいた誰もが察しがついただろう。一部始終を見ていたセレニア様はうなだれながら「はぁぁぁ」と息を吐いた。



『なるほど……この世にこんなにも正直な者がいるとは思わなかった』



『ええ……おっしゃる通りで』



 今まで静かに成り行きを見ていたハースト様ですら、深くうなずいた。そんな二人の会話を、私は「あはは……」と乾いた笑みを浮かべながら聞いていることしかできなかった。



 わかっている。これは、先ほどと比べ物にならないほどピンチだ。というか、間違いなくこの場で切り捨てられる。とりあえず、いつでも切られてもいいように正座は崩さないでおこう。



 そう思って背筋を伸ばし、目をつぶった矢先のこと。死を覚悟した私とは裏腹に、セレニア様は別の提案をしてきた。



『もう良い。お前は今日から俺の近衛騎士だ。ハーストの下に就け。これに関しては拒否権はない。いいな』



『え……ええ!? ということは、常にセレニア様に見張られているということですか!?』



『お前みたいな馬鹿正直者を外に出せるか! 首が飛ばないだけマシだと思え!』



 私の口答えにセレニア様が血相を変えて声を荒らげた。この「首が飛ばない」というのは騎士という職務的な「クビ」ではない。私自身の「首」のことだ。しかし、こんな私がセレニア様の近衛騎士だなんて、荷が重すぎる。



 だが、どんなにバイブレーションのようにプルプルと首を横に振っても、セレニア様は笑っていた。



『なあに、お前は騎士試験を圧倒的な実力で合格したのだろう? お前の能力を知っている者からすれば、いきなり近衛騎士になってもなんの不思議なことではないはずだ』



『そ、それは……そうかもしれませんが……』



 騎士試験のことはまぎれもない事実だった。試験中に挑んできた者は問答無用でなぎ倒したし、今でも訓練中の模擬試合では私に勝てる者はいない。



 実力は申し分ない。表向きではそうなのだが、私は──というか、そもそもこんな何を考えているかわからない人の近くにいたくない!



 そう思っていたのに、私の淡い思いはまったくもってセレニア様に届いていなかった。



『わかったなら、さっさと寄宿舎を出る準備をしろ! ハースト、お前はこいつについて行け。道中に秘密を洩らされたらたまったものじゃない』



『かしこまりました。おい、行くぞ』



『え? え??』



 理解が追いつかないまま話が勝手に進んでいき、終いにはハースト様に腕を取られた。



 ハースト様のがっしりとした腕にズルズルと引っ張られる姿は、リードをつけられた散歩中の子犬のようだっただろう。しかし、ここではいくら吠えたところで、私の訴えは届かなかった。



『あ、あの! ちょっと、セレニア様!?』



 うろたえながら引っ張られる私を見て、セレニア様はにやりと笑った。



『これからが楽しみだな。セナ・クロス』



 そう言って、セレニア様は私に背中を向け、自分のベッドへ戻っていった。そして、私はハースト様のされるがままに扉まで引っ張られ、セレニア様の部屋を追い出された。



 ──そして時が経ち、現在に至る……という訳だ。

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