第2話 隠し事はなんですか
どうすればいいかわからず黙り込んでいると、セレニア様はベッドから降りてずかずかと私の元までやってきた。
『お前……この俺──いや、他の騎士共に隠していることがあるだろう』
私の前に立ったセレニア様が、氷のような冷たい表情で私の首を指の腹でクイッと押しあげた。
『──お前の喉仏はどこにある』
その一言で心臓が跳ねた。
セレニア様は首元に太めのチョーカーを肌身離さずつけている。勿論、あの時もつけていた。あれはオシャレのためにつけているのではない。こうすることで自分の喉仏を隠しているのだ。目立つ・目立たないにしろ、ほとんどの男性は喉仏が出ている。しかし、私にはそれがない。
『き、き、き、鍛えすぎて筋肉で隠れてます……』
緊張で声を震わせながらもセレニア様の問いに答えると、セレニア様は「フフッ」とおかしそうに笑った。
『面白い言い訳だな。だが、これはどう説明する?』
と、今度は乱暴に手を掴まれた。セレニア様の細くてすらりと長い指が私の手を包み込む。それだけで私の手はすっぽりと収まってしまった。
『お前だってこれで気づいたのだろう? ──どうして女性のセレニア様がこんなにも手が大きいんだ、とな』
図星すぎて息がとまった。セレニア様も私と同様、私の秘密に気づいていたのだ。
『お前の手はこうやって握れるくらい小さいし、肉付きもあって滑らかだ。肌の質感も柔らかさも違う。他の連中なら騙せたかもしれないが、残念だったな。俺の目は誤魔化せない』
そこまで核心的なことを言われるとぐうの音も出なかった。性別を偽っていることに気づいた着眼点が、私とまったく一緒だからだ。
セレニア様がいくら小柄で細見といっても、手自体が大きいし、筋肉がついている。何より手と指の骨格がしっかりしていた。どんなに見た目を取り繕うとも、骨までは変えられない。それは、お互い様に。
セレニア様の推測通り、私は女性だ。男性と偽って騎士をしている。
お互いが同じ理由で秘密に気づいてしまったとしても、この展開で圧倒的に不利なのは私のほうだ。なんせ、この国では女性が性別を偽ることは重罪で、見つかったら死刑と言われている。
しかも、騎士は女人禁制。この時点で私はふたつも規則をやぶっていた。だがここで、もうひとつ禁忌を犯していたことを知る。
『クソ親父からは他の連中に正体がバレたらそいつを殺せと言われている。お前に待ち受けているのはどう足掻いても死だ。さあ、どうする? 言い訳でもするか?』
セレニア様が怖い顔で私をにらみつけた。まるで獲物を射るような眼差しだったが、私の胸中を探っているようにも見えた。しかし、ここまで来てしまった以上、私がやることはひとつだけ。
『言い訳はしません。ここでけじめをつけさせていただきます』
『けじめって……お前、どうするつもりだ?』
呆気に取られたセレニア様の手が少しゆるんだ。それを利用してスルリと彼の手を抜けた私は、そのまま流れるように正座した。
『お離れください。でないと、あなたの美しいドレスが汚れてしまいます』
そう言いながら、私は徐に腰に刺していた剣を抜き、自分の腹部に切っ先を向けた。切腹。ここで、自決するつもりだったのだ。
『──それでは、失礼致します』
そう言って、私は目を閉じ、自分の手に力を込めた。
まさしく、その時だ。
『馬鹿野郎!』
怒声をあげたセレニア様が私の剣を思い切り蹴飛ばした。
セレニア様に蹴飛ばされた剣が勢いよく床に転がり、
部屋が一気に静まり返る。その一方でセレニア様が脱力するようにしゃがみ込み、がっくりと肩を落とした。
『……俺が悪かった。お前を値踏みしていたのだ』
『値踏み……ですか』
呆気に取られている中、セレニア様は深くため息をついた。
『利用できそうならば、利用するつもりであったのだ。それがまさか、自ら命を絶とうとするとは』
『まあ、元々儲けた命なので……それに、後ろめたさもあったから、バレたらいつでも腹を切るつもりでいました』
『そうか……随分と肝が据わっているやつだ。方向性は間違っているがな』
と、私を見下ろしたセレニア様は破顔した。今までのどこか企んだような笑みではない。純粋に私を面白がっているみたいだった。
セレニア様は言う。
『お前の罪は見逃してやる。だから、もう二度と自決などふざけたことをやるのではない』
『え……』
正直、見逃してもらえるとは思っておらず、戸惑いの声が漏れた。だが、私の罪は易々と不問にされる訳ではなかった。
『その代わり、俺の正体も一生内密にしろ。それが交換条件だ』
当然の条件であろう。むしろ肝心なのは提示された条件のほうだ。でないとセレニア様にメリットがない。
『いいか。罪というのは裁く者に知らされなければ罪ではないのだ。今、俺の正体が暴かれた事実も、お前が性別を偽っているということも、ここにいる者でしか知れていない。この場で互いに結託すれば、俺もお前も死なずに済むということよ』
意味深な言葉に引っかかりを覚える。だが、セレニア様は私に質問する暇を与えなかった。
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