ヴァルキリーとプリン(セ)ス~男装騎士は偽り雄姫を護りたいのに攻められる~

葛来奈都

1章 ヴァルキリーとプリンセス

第1話 近衛騎士/セナ・クロス


 近衛騎士。国王や王族を護衛する精鋭部隊。



 そんな名誉ある騎士に、入団後たった十日でこのヴィラスター王国の第一王女であるセレニア・クレスウェル様の近衛騎士に任命されたとんでもない超大型新人がいた。



 それがこの私、セナ・クロス──おそらく、はたからはそう認識されているであろう。こんな現実を知らずに。



 今日も変わらずこの方の護衛をするはずなのだが、私は今、セレニア様に部屋の壁際に追い込まれている。



 片手を壁についたままニンマリと笑うセレニア様は、笑みを浮かべたまま私のあごに指を添える。俗に言う「壁ドン」に「あごクイ」のコンボだ。もう一度言うが、この方は一国の王女で、私は騎士である。



 こんなキザなことをしているものの、セレニア様の姿は今日も可憐だ。



 真っ白な肌に指通りよさそうな艶やかな長い銀髪。大きな琥珀色の瞳。そんな美しい姿を際立たせるような乳白色のシルクのドレスに喉元に小さな宝石がついた太めの黒いチョーカー。見た目は完璧。どこに出しても恥ずかしくない美しい王女だ。それなのに、セレニア様は先程から挑発的な眼差しで私のことを見つめる。



 私はそんな熱い視線に応えることなく、彼女──いや、を見ながら、顔をしかめた。



「仕事の邪魔なので、この手を避けてくれませんか?」



 私にはっきりと告げられ、セレニア様は呆れた表情でため息をつく。



「なんだその言いぐさは。この俺が手を施しているというのに、釣れないやつめ」



「いや、釣れたら大問題でしょ。というか、こんなことをしているところに誰かが入ってきたらどう誤魔化すのですか」



「安心しろ。俺に近づこうとする輩はおらん」



「フンッ」と鼻を鳴らしながら、セレニア様は私から離れ、天蓋付きのベッドに横たわる。



 私が近衛騎士になってから、彼はいつもこんな感じだ。いったいどこで覚えてきたのやら、「こういうことをされると女はときめくのだろう」とか言って私を攻めてくる。



 私のような騎士の端くれが姫に迫られているところなんて第三者に見られたら大問題なのだが、セレニア様の言うことも一理ある。セレニア様に近づくことができるのは護衛をする近衛騎士と身の回りの世話をする侍女というほんのわずかな人間しか許されていないのだ。



 それもそのはず。ご覧の通り、この方は本物のセレニア様ではない。訳あってセレニア様を演じ続けている偽者だ。この偽りの王女を人の目に触れさせる訳にはいかない。



 彼の正体は、サイラス・クレスウェル様。この国の第二王子人である。しかし、間違ってこの名前を呼ばないよう、ふたりだけの時でも敢えて「セレニア様」と呼ばせてもらっている。



 ちなみに本物のセレニア様とは双子の兄妹だったらしい。そんな彼の正体を知る者も、こうしてセレニア様のふりをしていることも、この国で知っているのは国王たち含めても十人にも満たないと聞く。



 そんな偽りの王女だからこそ、セレニア様は滅多なことがない限り部屋から出ることを許されていない。こうして近衛騎士や侍女と一緒に部屋に引きこもっている毎日だ。



 なお、私がこの人の近衛騎士になった理由は、ひょんなことから「王女が偽者」というとんでもない国家秘密を知って……いや、気づいてしまったからである。



 きっかけは、なんてことはない。



 あれは今からひと月程前、とある真夜中の出来事だ。失意の底にいた私は、同僚の勧めで気分転換に城の旧庭園に来ていた。



 旧庭園は噴水も壊れ、植えられた花々の手入れも行き届いていないほど廃れていた。だが、色鮮やかな花が咲き乱れており、月明かりに照らされた花々は幻想的で、その場にいるだけで穏やかな気分になった。



 夜風を感じながら旧庭園を歩いていると、壊れた噴水の縁に座っているセレニア様の姿を見つけた。セレニア様とはお会いしたことがなかったが、遠目でも感じたあの気品溢れるオーラで「この国の王女だ」と感じ取った。



 あの時のセレニア様は真剣な表情で離れにある古いレンガの塔をじっと眺めていた。その美しい姿が私には泡沫のように儚く見えて、しばらくセレニア様に心が奪われていた。



 強風が吹いたのは、まさしくその時だった。セレニア様が手に持っていた白い手袋が風に飛ばされ、私の足元までひらりと落ちた。思えば、それが運命の分かれ道だった。



『あの、落とされましたよ』



 手袋を拾った私は、すぐにセレニア様に声をかけた。私がいたことに気づいていなかったようで、セレニア様は大きな目をさらに見開くくらい驚いていたが、すぐに表情をゆるませた。



『ありがとう。大事なものなの』



 あの時のセレニア様は、見事に一国の王女を演じきっていた。振り返る動作や微笑みのひとつひとつが可憐で、透き通る声もまさしく女性。この時は、近づいた時ですらもセレニア様が男性だということがわからなかった。気づいたのは、手袋を渡した際に彼の手を見てしまった時だ。



 重なった私の手を見て、セレニア様も似たような表情をした。そして私の手を軽くキュッと握り、静かに口角を上げた。



『……明日の朝九時。私の部屋に来てくださる?』



 その天使のような笑みは、大抵の人ならば頬が真っ赤になるくらい虜になっていただろう。しかし私には何かを企むようなずるい顔に見えてしまい、身震いしてしまうくらい血の気が引いた。



 そして翌日、言われた通りにセレニア様の部屋にやってきた。一国の姫の請いだ。逃げることは許されないと思った。



 部屋に入った瞬間、「あ、今日が私の命日だな」と思った。セレニア様の部屋には近衛騎士最強と言われているハースト・マクラウド様もいたからだ。



 ハースト様が腰から鞘ごと剣を抜き、床に鞘の先を突いて構えていた。



 長めの金髪を後ろに流した姿が大人っぽく見えるが、年齢は若干の二十二歳。この若さで最強とも呼ばれるような強者だ。そんな彼が切れ長の一重の目を鋭くして私をにらみつけている。多分、いつでも私を切れるようにしていたのだろう。



 一方、セレニア様はというと、その時から自身を取り繕うのをやめ、本性を露わにしていた。



 髪型や服装は一国の王女なのだが、「クックック」と肩を揺らして笑う仕種も、だらしなく肘を立ててベッドの上で横たわる姿勢も、旧庭園で出会った人と同一人物とは思えなかった。



『……どうして自分が呼ばれたのか、わかっているな?』



 にやりと笑いながら、セレニア様が私を問いただす。



 しかし、返事をしていなくてもふたりには気づかれていただろう。可憐なセレニア様から出たとは思えない低い男性の声を聞いても眉ひとつ動かさないくらいノーリアクションだった私を見れば、自ずと。

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