第9話第三次試験予試験
「試験の内容は単純、諸君らの肩に乗っている鳥の案内に従って、制限時間内に本試験の会場に移動するように。
1.ミネギシ魔導学校第三次試験予試験会場
生徒たちは困惑していた。
その理由は大きく分けて二つ。
一つ目はつい先ほど会場の四方の壁が開き道が出たことである。
しかし、内側から見える光景は先ほどこの施設に入る前に外から見えていた付近の景色とは全く異なっていた。
また、二つ目の理由は先ほどから肩に乗っている鳥が何の反応も示していないことである。
先ほど、案内をすると言われた鳥たちは今は時折鳴くばかりでそれぞれの受験生の肩から飛ぶ様子はなかった。
アランもまた困っていると横から「どの道を選ぶかも試験の一部ってことみたいっすね」という声があった。
そちらを見ると、先ほど嫌がらせを受けていた受験生がこちらに言ったようだった。
ようだったというのは、その少年はこちらにわずかにしか視線を向けていないからである。
「えっとぉ~君は」
「さっきはありがとうございますっす。自分はモルダ・ディミヌエンドって言います。あなたは」
そう言うとモルダはこちらに少しずつ近づいてきた。
その視線は周りを警戒しているようだった。
「アラン・アイザックだよ。よろしくね!」
そう言ってアランは手を出して握手を求めた。
モルダは軽く握手をするとすぐに手を離した。
「見たとこ、あんまり
アランは首を傾げた。
「どうして?」
「“対象の手に触れる”っつー行為が発動条件の呪詛魔術もありますからね。相手が敵味方の判別がつかないうちは気軽に相手の体に触れようとしちゃダメっすよ」
「そうなんだ。でも大丈夫じゃない?」
「?」アランの言葉にモルダは怪訝な顔をした。
「この試験、ほかの受験生に危害を加えられないみたいだし、何より、君から敵意は感じなかったしさ」
「・・・っすね」
アランはモルダに近づくとモルダに耳打ちを始めた。
「それで、さっき言ってたのって」
「えぇ、たぶんっすけどこの四つの道、どれを選んでも最終的には目的地にたどり着けるようになってると思います」
「それはどうして?」
「わざわざハズレの道を作る必要なんてないじゃないですか。もしもこの試験が受験生の“運”を図るんだったらこんな大仰なことをする必要もないですし」
アランは頷く「それは確かに」。
「だからここで悩まないで、どれかの道を選んで進んだ方が・・・何してるんですか?」
気がつくとアランはしゃがみ込み、どこからか取り出した棒のような物を地面に立てると手を離した。
棒は二人から見て斜め右の道の方に倒れた。
「あっちだ!行こう!」
「え?今ので決めたんすか?」
「うん」
「(まじかよこいつ)マジっすか」
「だって悩んでたってしょうがないじゃん。正解なんて行ってみないとわかんないしさ。だからさ、一緒に行こうよ」
モルダは一瞬何を言われたのかわからなかった。
「・・・え?俺もっすか?」
「え?そういう流れじゃなかった?」
「確かにそうでしたかね。すいやせん」
「別に謝んなくても良いよ」
そうして二人は四番ゲートに向かっていった。
幕間.小話
監督官から見えるもの:
「(ふむ。出だしは順調だな)」
この試験の監督者の一人である、ドール・フランキスカは心の中でそう頷いた。
彼の目には受験生810人に憑けた鳥の
「ふむ。悩んでいる者が4割。最も良心的な1番ゲートに1割。私の担当した2番ゲートに2割。最も悪辣な3番ゲートに2割。そして、最も困難な4番ゲートに1割といったところか。さて今年は何人通るやら」
2. 4番ゲートの先
アランとモルダの二人は平坦な道を走っていた。
魔力で身体能力を強化しているので、体力の消耗も少なく済んでいた。
しばらく無言で走っていると二人の目の前に巨大な壁とその手前に何本かの垂直に立てられた長さの異なる丸太があった。
「な、なんすかね?これ」
モルダは率直に疑問を口にした。
そしてその目は周囲を注意深く見た。
しかしヒントになりそうなものはなかった。
付近には他の受験生もよくわからないのか立ち往生していた。
2.3 監督官別室
モルダ達からかなり離れた場所では、
迷宮科・探査学教授のフィンリー・ヘイゲンがその様子を見ていた。
「さぁてどうするね。
そこで生徒たちに動きがあった。
2.5 第4ルート・第一の関門
引き返そうか、と考えたモルダは横にいたアランの方を見た。
そこには誰もいなかった。
自分には何も言わずに引き返したのか、と考えたモルダは何か違和感を感じた。
「?(周りの受験生たち、上を見てる?)」
その
「お~い!モルダく~ん!これ登れるよ~!」
頭上から自分を呼ぶ声。
声の方を見たら、それは丸太の中でも一番高い丸太の上に立っているアラン・アイザックがいた。
モルダは戸惑った。
「ど、どうやってそこに?」
ひょっとして自分の知らない魔術を使ったのかもしれない。
そう考えたモルダにアランは不思議そうな顔をして答えた。
「え?その一番背の低い丸太から順々に跳んでここまで来ただけだよ?」
しかし返って来たのは意外な答えだった。
それからモルダはアランの案内に沿って丸太の上から上へ飛び移り、壁の上に作られた広い休憩所のような所に来れた。
二人の目の前には先ほどよりも直径の小さい丸太が先ほどよりも間隔をあけて配置されていた。
モルダは聞いた。
「どうして“丸太の上を跳び移る”なんて発想が出たんすか?」
その問いにアランは答えた。
「実家に同じものがあったからかな?」
幕間.ワンポイント案内
予試験内容について:
試験内容・制限時間内(受験生には明かさない)に本試験会場にたどり着けるかどうかを試す試験
本試験会場までの四本のルートそれぞれに障害物を設定(担当は各学科教授)
担当教員一覧・
第1ルート:錬金学薬草科 ドルド・クローン
第2ルート:監督官統括 ドール=フランキスカ
第3ルート:迷宮学魔獣科 ム・チ
第4ルート:迷宮学探索科 フィンリー・ヘイゲン
『ミネギシ魔導学校第三次予試験教員資料』
3.第4ルート監督室
暗く、物が散らばっている(ようにしか見えない)その研究室の中で、その部屋の主であるヘイゲン教授は一瞬放心していた。
この関門自体は多少の頭の柔らかさがあれば攻略できるシロモノだ(むしろこれすら攻略できないような受験生は学園の生徒になる資格がないとも言えるが)。
問題はその後だ。
「あの
すでに相当数の受験生がアランが教えた模範解答の道順を辿り、第二関門に挑戦していた。
3.2 第4ルート第一中継地点
第一関門を攻略し、その場所に至った生徒達の眼前には、先ほどよりも本数が多く、しかし直径の小さい丸太が間隔を開けて無数に立っていた。
「また丸太っすか」
モルダの言葉はこの場の受験生たちの雰囲気を一言で言い表していた。
先ほどのやり方では少々苦労しそうな間隔だと思っていると、横の協力者が口を開いた。
「うん!これなら行けるかも!」
先ほどからモルダの横でしゃがみ、じっくりと丸太を見ていたアランはまた何かを閃いたようだ。
アランは自分の手のひらを開くとその少し先に『魔力防壁』を張った。
「へ?」
周りの生徒が驚いている間にアランはその板の上に乗ると、そのままの勢いで目の前の丸太の上に跳んだ。
後ろを向くと、モルダも素早く、アランの作った板に飛び乗り、アランとは別の丸太の上に乗った。
「すげぇっす!このまま行きましょう!」
3.4 第4ルート監督室(ヘイゲンの研究室)
「は、はぁ?はあぁぁぁぁああああああああああ?!!!」
その
「いやいや。ありえない。はあ?はっ、はぁ?何それ」
口では混乱していても、頭の片隅では(それが最適解だ)と思ってしまっている自分がいる。
しかし、「何でそこまでして
そんな彼にも理解できないことはあった。
見た所、
無理もない。本来、
使える方がおかしいとまではヘイゲンも思わないが、できなくとも無理のない魔術ではある。
「ひょっとして主従関係なのか?いや、それにしては随分と砕けた話し方をしている。あの年でその手の関係を契るような家系なら傘下への話し方もしっかりと教育するはずだ(知らんけど)」
ヘイゲンの実家は魔術師としてそこまで太くないため良くはわからないが、そう言った生徒は在学中も教授としても大勢観てきた。
それ故に
「なんなんだあいつは」
3.8 第二関門途上
ヘイゲンと同じ
自分は彼の主でなければ、
ただ少し前に彼と協力関係(?)を築いた(?)だけの間柄である。
こんなに優しくされるようなことをした覚えはモルダにはない。
理由のわからない優しさに恐怖すら覚えると同時に聞くことも出来なかった。
理由を聞いてしまえば、この関係が途切れてしまいそうだった。
理由を聞いてしまえば、もっと恐ろしいことが起こってしまいそうだった。
足元には丸太から落下し、下の泥の沼に落ちた受験生たちがうごめいていた。
怖い、恐い、コワい、コワイ。
「危ない!」
恐怖でどうにかなりそうになっていたモルダはアランの声の意味を理解することに遅れた。
そして理解するときには手遅れだった。
ドンっ!!とモルダの背中を強い衝撃が襲った。
その方向を見ると、先ほど自分を囲んでいた誰かが自分の体に当たったようだった。
モルダの体は宙に浮いた。
そして当たり前の
幕間.
ある走馬灯にて:
ずっとわからなかった。
街中で通りかかった、あの子はどうして父親と手を繋いでいるのに笑っているのか。
ディミヌエンド家は元々、2000年以上前の“始まりの魔術師達”の一人を源流とする名家だった。
だが先祖の誰かが実験にミスったとかで保有していたほとんどの魔力許容力を失ってしまった。
魔力許容力・・・遺伝で決まる数少ない要素であり、どんな修練を積んだとしても変化しないただ一つの要素。
失った
先祖が蓄えた門外不出の魔術。莫大な金融資産。魔術の特許。魔族から得た数多の
それらを売り払った結果残ったのは、
何の役にも立たない名家の
「何でこんなこともできない!あぁ、
父親は本家の顔色を伺うことしか能のない貴族趣味の無能。
「あにさま」
「・・・・・」
「ねぇ、待ってよあにさま!」
アニキは俺に関心がないのかわからない。
そもそも二人きりで話した覚えがない。
母親の顔はよく知らない。
出て行ったのか、あるいは適当なホムンクルスでも造って産ませたのか。
だからわからない。
なんなんだよ。なんでそんなに優しいんだよ。あんたは
4.第二関門途上(下方・泥のエリア)
「ん」
モルダは目を覚ました。
頭が痛い。頬が冷たい。体が満足に動かない。
どうやら先ほど背中がぶつかったときに丸太から落ちたようだ。
その過程で頭か何かをぶつけた結果、今は体が動かないようだ。
このままでは試験には不合格だろう。
その事実を受けても、モルダの
悔しくもない。
ただ全てがどうでも良かった。
「大丈夫?ってすごい傷!!大丈夫!!?」
「は?」
モルダは目の前で起きていることが理解できなかった。
「なんっで?」
今度は訊ねた。
自分なんて見捨てれば良いはずだ。
そうすれば泥にまみれることもなかった。
きっと家族か、それとも別の誰かが丁寧に洗濯をしたはずだ。
「なんで」
しかも自分を気づかう余裕まであった。
彼ならこの試験をクリアできたはずだ。
「・・・なんっでだよ!なんでここに来たんだよ!」
出会ったのも一時間くらい前で、
きっかけも成り行きみたいなもので、
知っているのも名前ぐらいの関係でしかないのに、
「なんでって言われてもなぁ」
胸倉を掴んだモルダに対して、困ったような顔でアランは言った。
「ここまで一緒に来たんだし、見捨てたくないじゃん?」
さ、行こ。
そう言ってアランはモルダの肩に手をまわし、歩き始めた。
幕間.ワンポイント案内
想定されていた第二関門の攻略法について:
1・真っ当に丸太を足場として使い、泥のゾーンを抜ける(魔力の基礎操作の一つ、脚力強化を使えば可能)
2・泥のゾーンに飛び降りて、全力でもって前進する(泥は魔術で作られており、頭から落ちても本来であればケガをすることはない。モルダの場合は落ちる過程で丸太にぶつかってしまったため負傷した)
5.第三試験本試験会場前(予試験のゴール)
そこで待機していた受付係の教員は見た。
血と泥にまみれた
その受験生に肩を貸し、引っ張りながらここまでやってきた
彼らの両足がゴールを示す線を越えたタイミングで複数の教員は彼らを支えた。
「すぐに医務室へ!」
それから
それは試験終了の五分前のことだった。
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