第7話そして少年は次へと進む前編

気がつくと部屋のテーブルの上に「また明日」とアランの筆跡で書かれた紙が置かれていた


1.アイザック邸・庭園

そこは街の主であるウィリアム・アイザックの所有する別荘の一つであり、

アランの生まれ育った家でもあった。

その家の庭には、ウィリアムが息子アランのために作らせた各種の遊具や大きな植木、その木陰には勉強机なども設置されていた。

そんな中を一匹のカラスが飛んでいた。

烏は時折着地すると窓を注意深く観察していた。

まるで中を確認するように

「なんだぁ?このカラス。しっしっし!あっち行った!」

その烏はジョロキア・DONドペッツドンドペッツという騎士に追い払われ、迷惑そうに飛んで行った。


烏はアイザック庭から出て少し先の路地まで飛ぶと、中肉中背の白髪で中性的な体付きを黒の長袖の衣服で全身を包んでいる東洋人のすがたに変わった。

『あの騎士やろう、最後石投げようとしてやがった。騎士としての品格はないのか品格はぁ!・・・いけないいけない。そんなことより少年あの子の部屋を見つけないとな。まったく内からと外からだと部屋を探す手間が段違いだよ・・・見つけた』

そして人間は軽く跳ねると瞬き一つほどでまた烏に変わり飛び立った。


幕間.ワンポイント案内

ジョロキア・DONドンドペッツについて:

ドンドペッツ家の当代当主の推薦により騎士学校に入学

23歳(魔歴2039年:入隊当時)

身長:175cm

体重:62㎏

血液型:B型

2039年にアイザック家騎士学校を卒業(座学23位・体術35位・医学45位・語学13位・魔術33位)

出身:アイザック領・漁業地帯の出身(出生時の身体データについては別紙参照)

ドンドペッツ家分家の三男とのこと(詳細なデータについては別紙参照)

勤務態度:改善の余地あり

『アイザック家騎士隊隊員目録』より


2.アイザック邸1階・アランの部屋

アランは朝食を食べ終えると昨日と同じように部屋に戻された。

部屋の外には昨日と同じようにお目付け役がいる。

昨日と違うことがあるとすれば、今日はその両手にたっぷりとサカキ製の課題を持っていることであろう。


「二日分の遅れを取り戻すのだ!」と課題を渡す前にサカキは言っていた。


アランは少々雑に課題を放り投げると、軽い音と共にアランの机の上に紙の束が乗った。

アランが軽くガッツポーズをするのとししょうが窓を叩くのはほとんど同時だった。

昨日と同じようにその烏の口には「アケテ」と書かれた紙があった。

アランが窓を開けると師匠カラスは部屋に入るのとほとんど同じタイミングで人間のすがたに変わった。

「見ました?」

「ナニモ?」

師匠の視線はアランから外れて机の上に行っていた。

アランは昨日と同じように事情を説明した。

師匠は今までと同じように何ともないという風に言った。


「なラいよいよ次の段階にイコうか」

アランはわずかに怪訝な顔をして師匠の顔を見た。

「まだ何も達成できていませんよ?」

師匠は何を言っているのかという表情を浮かべた。

「そうだね。でも次の段階にハ、もうイケるよ」

「?それっていったい」

そこで師匠は待っていましたと言わんばかりに手を大きく広げた。

今回は看板はなかった。


「題して!“魔力操作を日常にしよう”ダよ!」

こほんと咳をして、師匠は続けた。

「昨日やった魔力操作を今度は目を閉じたりしないでもできるように、それこそその課題をするついで感覚でできるようになろうね」


目を見開いたアランに師匠は続ける。

「そりゃそうだよ。魔術を使いたいときにいちいち目を閉じたりしてたら間に合わないでしょ?少しずつで良いから必要なときに必要な分の魔力をすぐに使えるようにしないとね」

師匠は大きな動作で動き始めた。

「とりあえずは、魔力操作の修行をしながら、その課題を終わらせることを目標に頑張ろうか。わからないこととかあったら教えるよ。ところでそれなぁに?」

アランが「語学です」というと、次の瞬間師匠の姿が消えた。


幕間.小話

ある廊下にてpart2:

「(何だ?坊ちゃんが何か話している?)」

そう感じとったのは今日も今日とてアランのお目付け役をしているクルネ・オールキラーである。

「(まさか。この生活に限界が来ているのか?元々外で活発に動くのが好きな方だから無理もないが。よし!今日の午後にでも庭園へ出ないか誘ってみるか。も、もちろん私情ではなく坊ちゃんの騎士としての考えだからな!うん!)」


3.アイザック邸1階・アランの部屋

「(きつい!!!)」

アランは心の中でそう叫んだ。

二つのことをやろうとすると頭の処理が追い付かない。

まず目を開けた状態で魔力の操作をすることが、目を閉じながら行った時に比べて遥かに難しかった。

その状態で視覚的な情報を処理しようとするたびに内側から骨を殴られるような痛みを感じた。

アランは痛みに耐えきれずに口から息をした。

息を吸うたびに全身が音もなく軋むような嫌な感覚がした。

何度かこの痛みを受けるたびに全身が熱を発するような感覚とそのたびに痛みが引いていくような感覚が何度も繰り返された。


「あ」

気がついたときには語学の課題が終わっていた。


「坊ちゃまぁ、課題の進捗はどうですかぁ?」

何度かのノックの後シドウの声が聞こえた。

アランが返事をすると、シドウ・サカキは部屋に入ってきた。

「坊ちゃま。鼻血なんて出してどこかにぶつけたんですか?」

そう言われて、アランは鼻の辺りを触ると確かに赤いモノが流れていた。

それを聞いたのかクルネさんが大きな音を立てて入ってきて少し騒ぎになった。


「・・・出来はそこそこですが素早く解けたのは良いですね。間違えた所はしっかりと復習して下さいね。これが追加の課題です。またしばらくしたら来ますね」

「坊ちゃん、何かあれば私に言って下さいね。そのために部屋の外におりますので」

そう言って二人は部屋から出ていった。

扉がしまり、追加の課題をやろうとアランが後ろを向いたとき、師匠が窓の近くにいた。

「今時間ある?少しアドバイスがしたいんだけど」

「もちろん大丈夫ですよ」

アランは師匠に勧められるまま机に戻ると、机を挟んだ位置に師匠も来た。

「さっきまで見てて思ったんだけど。少年きみ魔力の操作に意識を向けすぎな気がしたんだよね。だから余計な力が加わって血管に負荷がかかったんだよ。今度はもう少し力を抜いてみて、今できる量を操るイメージでね」

今度は師匠は消えなかった。


アランは言われたとおりに今操できる量の魔力を動かしてみた。

先ほどまでよりも少しだけ楽になったような気がした。

師匠は続けて言った。

「今度はゆっくり手を動かして、鉛筆ペンを持ってみて、大事なのは一つ一つの動作を確実にすることだヨ」

ゆっくりペンを持ち、今度は先ほどの倍の時間をかけて問題を解いた。

痛みはなかったがそれ以上の疲労がアランにやってきた。

アランは背もたれに深く体を預けた。

「お疲レ様。気分はドウ?」

「すごく疲れました。これいつまですれば良いんでしたっけ?」

師匠が言っていたことについて考えることすら億劫になるほど披露したアランに優しく微笑むと師匠は人差し指を立てた。

「あと十分ですか?わかりました」

師匠は静かに首を振った。

「‘一生’ダヨ。少年きみが魔術師であるならば、寝る時を除いて一生ずっとこの修行は続けるんだ。それが少年きみノ魔術の強さに繋ガる」

呆気に取られているアランに師匠は続ける。


「それじゃア。午後からはこの修行と並行して、いくつかの魔術や戦い方を教えていこうか!」

そう言うと部屋の時計が正午を告げた。


幕間.中話

ある回想にて:

昼の休憩を切り上げた騎士は今、その主に呼ばれ彼の執務室に来ていた。

部屋の主はウィリアム・アイザック。

この地方一帯を治めるアイザック家当主である。

彼は開口一番こう言った。


「クルネ君。君働きすぎ」

「はぁ」

「聞いたよ。君ここ何日か家どころか駐屯所にも最低限しか返ってないそうじゃない」

「邸内の詰め所で必要なことが行えましたので、つい。・・・ひょっとして何か不備が?」

ウィリアムは何とも言えない声を出した。

「なかったよ。相も変わらず完璧な仕事をありがとう。そうじゃなくてさ。年頃の女の子が最低限の糧食とシャワーだけってどうよって話。妻からも言われちゃってね」

「はぁ、しかし」

「君のアランへの献身は彼の父親として嬉しく思うけど、それは君を犠牲にする言い訳にはならないよ。しばらく家に帰って休みなさい」

ウィリアムはそう言ってクルネ・オールキラーを家に帰した。


クルネ・オールキラーは自らの家に帰った。

家といってもオールキラー家ではなく、ウィリアム自治区内の寮である。

そこには彼女の年代ではありえないほど最低限の物しかなかった。

彼女クルネは服を脱ぎ捨て下着姿になると冷蔵魔道具から肉と牛乳を出し、その肉を適当に焼いたものを皿に乗せ、別の器に牛乳と穀物などを加工したものをぶちまけると、その両方を雑に腹に放り込んだ。

服を魔道具で洗濯している間に洗い物を済ませ、それが終わるとベッドの横の本棚に向かった。

どれを読む気にもならなかったので今日は寝ることにした。


彼女は夢を見た。

懐かしく尊い記憶ゆめ


彼女は泣いていた。

ふざけてアイザック邸庭を駆け回っていた時に転んでしまったのだ。

その時は当主夫妻は不在でそのため見回りの騎士も少なかった。

痛くて、心細くて、情けなくて、少女は泣いた。

「大丈夫?」

そんな少女に声をかけたのは彼女よりも一回りも二回りも小さい少年だった。

「あ、血が出てる!どうしよう。え、えっとこんな時どうすれば」

結局少年の様子を見に来たジャック・オールキラーによって彼女は手当てをされたのを少女は覚えている。

そしてひとりぼっちだった少女のそばにいてくれた少年の心強さも。


少年の名前をしって少女は彼の騎士になるために努力をした。

その影響か彼女は騎士学校でも優秀な成績を修めた。


あるとき彼女は騎士学校でこんな言葉を聞いた。


「ウィリアム様のとこの子息、息女は優秀だけど、その弟はな」

「わかる。なぁんか締まりが無いというか。あんなのがアイザック家の人間って大丈夫かね?」


気が付いたときには彼女は教員会議に呼ばれていた。

「君が一つ上の学年の学生二名を意識不明の重体にしたそうだが、何かあるかね?」

暗に否定しろという雰囲気の質問に彼女はこう答えた。

「あの学生二名は坊ちゃんを冒涜する意図の発言をしていました。そのようなものは騎士隊、ひいてはこの養成学校に不要と判断しました」


それ以降騎士学校で彼女に近づく者はいなかった。


「ん」

彼女は目を覚ますとその足でシャワー室へ向かった。

体の汚れと共に思考もクリアになっていく。

彼女は昨日と同じ穀物を加工したものとリンゴを腹に放り込むと服を着て、アイザック邸に向かった。

「おはよう。しっかり休めたみたいだね」

「はい」

今日も彼女はあの少年の騎士である。

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