第4話修行者と教導者

ある公園ではこんな言葉があった。

「おめでとう。第一段階“ 魔力まりょくの自覚をしよう!”クリアーダヨ。本当におめでとう」

ある通りではこんな叫びがあった。

(坊ちゃま~!早く出てきてぇ~。皆このバーサーカーに殺されるぅ)。

1.ウィリアム自治区・公園

師匠は嬉しそうに、でもどこか困ったような、そんな表情をしてベンチから立ち上がった。

「困ったネ。まさかこんなに早ク第一段階をクリアするなんテ思わなカったよ。だからまダ。お祝イの品もできてない」

そんな師匠の言葉にアランは驚きと共に質問をした。

まだ、何が起きているのか実感が湧いておらず、どこか浮いているような感覚がした。

「これって、どれぐらいかかる予定だったんですか?」

そんなアランの直球すぎる質問に師匠は苦笑いと共に答えた。

「早くてモ。三日。遅ければ一週間ハかかる予定だったヨ。それ前提で修行メニューも20通リぐらい考えたんだけどね。ま、実際にかかった時間はたった10分足らずだったわけだけど。まぁ、その分別ノ修行に時間を割けると考えればイイね」

師匠の言葉にアランは驚いた。

「に、20通りィ?!この短時間でそんなに練習パターンを組んでくださったんですか!」

「まあネ。本来は今日の君の成果を基ニベースに君の特性に合わせて修行の予定チャート組みつつ、君ガ修行してる合間に私はご褒美を準備する予定だったんだけどね。それじゃあ今日のところは修行は終わりにしよっカ」

「え?もう終わりですか?まだまだ全然できますけど」

師匠の言葉にアランは思わず不満を口にする。

師匠は軽く微笑みながら軽い力でアランの額を押す。

そこまで強い力でもなかったのにアランの体は対応する暇もなく地面に倒れた。「え?」

師匠はその原因を口にする。

「焦りすぎだヨ。君ハ今まデ触れたこともなカった世界ニ、たった今踏み入ったんだ。慣れないことニ体はもう悲鳴を上げてル。これ以上ひどくなる前ニゆっくり休んダほうが良い。今日はもう帰ってしっかり休んデ、明日も続きをヤロウ」

「で、でも明日は」

アランはそのまま事情を説明する。

今日は屋敷を抜け出してきたこと。

もしかしたら明日からは来られなくなるかもしれないということ。

師匠は話を聞いている間、やや苦笑いをしながら、こちらの目を見て、ただ黙って聞いてくれた。

アランが話終えた後、一拍置いてから口を開いた。

「ナルホド。事情ハ理解した。でもダメだヨ。今日これ以上の修行は君の今後に影響がデル。大丈夫ダヨ。私に考えがある。明日ヲ楽しみにしててネ」

そう言うと師匠はベンチから立ち上がるとアランの方に歩いてくると何も言わずにアランと肩を組む形をとった。

「し、師匠?!」

動揺するアランをよそに師匠は話し始めた。

「家の近くまで送っていくよ。バレたらまずいんデショ?」

そのまま二人は公園を出てなおも歩いた。

「ぼっちゃぁん!どこですかぁ?!」

そんな二人の元に一人の騎士が走ってきた。

「(見つかった!)」

アランはそう思った。しかし師匠は動じる様子はまるでなかった。

そのまま‘なぜか’騎士は二人を素通りした。

「『気配隠し』という魔術を使っている。(まぁ厳密に言えば気配を隠すのではなく意識から逸らしているだけだけど)我々が彼らに話しかけたり、触れたりしない限りこの街の誰も私たちを認識することはできないよ。さ、適当な場所で魔術を解くからしばらく歩こうじゃないか。楽しくおしゃべりしながらね」

そうして二人は改めて歩き始めた。


幕間.ワンポイント案内

師匠について:

本名;ケントニス・リュグナー

出身;ライヤ共和国(中東の工業国)

血液型;B型

身長;175㎝ 体重;56㎏

目的;観光(観光ビザを確認済み)

魔術登録;なし

犯罪歴;なし

『アイザック家騎士隊ウィリアム自治区出入管施設目録』より


2. アランは師匠と歩いていた。

「・・・・・」

「・・・・・・・・・」

二人の間には沈黙が流れていた。

「(き、気まずい!!)」

歩きながら話そうとかのたまっていた師匠は先ほどから何も話す様子はない。

アランは沈黙に耐えられず(小さな声で)師匠に話しかけた。

「あ、あの!これって魔術っていうんですか?」

緊張のせいかはたまた別の理由かアランの声が裏返ってしまった。

師匠は心底嬉しそうな声色で返答した「そうだよぉ。さっきも説明した通りこれは『気配隠し』という魔術だねぇ。実際は自分たちの気配を隠すのではなく、自分たちの存在を周囲の人間の意識に存在させなくする魔術だよ。だからわりと大きめの声で話してもバレないヨ。街中を歩いてるときにいちいち周りの会話に耳を傾けるような人は滅多にいないデショ?あれと同じような理由だヨ」。

「そ、そうなんですね」

早口で饒舌に喋る大人に若干引いたアランを師匠は強い力で引き寄せた。

「この魔術はね。術者以外の人間にかける場合はその相手に触れてないとダメなんだよネ。だから見つかりたくなければあんまり離れないほうがいいヨ」

「わ、わかりました」

わずかな沈黙の後、アランはふと、気になったことを師匠に聞くことにした。

「そういえば、"お祝イの品"ってどういうものですか?」

師匠は上機嫌に答えた。

「ん?あぁそのこと?とぉっておきのやつだよ♡楽しみにしててね」

そう言って師匠はこの話を終えてしまった。

そうしていると、アランの家が見えてきた。

師匠は口を開いた。

「そういえば、魔術師になったことは極力他言無用ダヨ」

「どうしてですか?」

「魔術師っていうことは、本来秘匿するべきことだからサ。これは大昔の魔術師達が迫害を受けていた時代の名残ダね。それ以外にも理由はあるけど、まぁ今する話ではナイね。とにかく、魔術師であることは信頼できる人にしか話ちゃはなしちゃダメだヨ。ワカッタ?」

師匠は何度も念押ししてきた。

どうやらそれほどに重要なことのようだ。

「わかりました」アランは頷いた。

師匠はほっとしたような顔をする。

「それじゃア。今日はここでお別れだネ。また明日ネ」

そう言って師匠は手を離した。

すると師匠の姿は徐々に透けていき、十秒もしないうちに完全に消えてしまった。

「はい。また明日」

アランは虚空に声をかけた。

きっと師匠に聞こえると信じて。

「坊ちゃん?」

どうやらアランの声が聞こえたのは師匠だけではなかったようだ。

後ろを振り返ると涙目のシドウとニコニコと笑顔を浮かべたクルネさんがそこにいた。

「g

アランが何かを言うより先に、アランが何かをするより先に、

クルネさんの右手はアランの肩をつかみ万力よりもなお強い力でアランの肉体を動かした。

その直後アランの左耳に爆音のお説教が開始された。

「あのですね!誰にも何も言わずに家を出るとかどうなんですかね!まさかとは思いますけど昨日の騒ぎを忘れたわけではないですよね?!言っておきますが!まだ安全が確保されたわけではないんですからね!」

「全く。次から気を付けてくださいね。わかりましたか?坊ちゃん?」

そう言ってクルネさんはアランを解放した。

目の前にはアイザック家邸宅があった。

「あぁ、そういえば。明日お姉さまがこちらに来られるそうですよ。確か、学校の長期休みとかだったはずです。先ほど騎士隊の方に連絡が入りました」

クルネさんは去り際にそう言い残した。

代わりにシドウが連れていかれた。


幕間.師匠の!魔術講座!

魔術とは?:

はいは~い!コーナーを貰って、うかれてるぅ、皆の師匠だよ!

これからこのコーナーで魔術世界のあれやこれやをジャンジャン発信していくから楽しみにしてねぇ。

記念すべき第一弾は「そもそも魔術って何?」だよ~。

魔術っていうのはざっくりと言うと私たち魔術師が体内で生成した‘魔力まりょく’っていうエネルギーを色々な形に調整したうえで体外に放出することで望んだ現象を起こすことの総称だよ。

このエネルギーの性質や形状を望んだ形にするにはすこぉしコツがいるんだけれど、それはまた別の機会に。

それじゃあ今回はここまで!またね~


3.ウィリアム自治区・住宅街通り

そこには首根っこ掴まれて引きずられるシドウ・サカキと片手で自分と対して体格の変わらない成人男性を引きずる女性騎士クルネ・オールキラーがいた。

クルネは左手で引きずっている男に話しかけた。

「気づいたか?」

「何に?坊ちゃまの気配が一時間前のそれとは別物になっていたこと?」

「あぁ。流石に気づいてたか。あれ、まさかな」

「 ‘魔力まりょく’の自覚をし始めたとか?何かきっかけになりそうなものなんて・・・あったわ」

「昨日のオーク邂逅かいこうが坊ちゃんの魔力を目覚めさせたってことか?」

「可能性の段階だけどね。とにかく旦那様に判断を仰いだ方がいいよねぇ」

「そうだな・・・!!」

そう言うとクルネは何かを察知したかのように後ろを振り返った。

「・・・どした?」

「いや、何か違和感があったが気のせいだったみたいだ」

そう言ってクルネはサカキを引きずりながら騎士隊の詰め所を目指して再び歩き始めた。

そんな二人を見つめていた烏が一つ鳴いた。


4.住宅街通り

先ほど男女二人組が通った街路がいろを全身黒い服に身を包んだ東洋人が歩く。

その人間は自らの体に気味の悪い汗が流れるのを自覚していた。

『(いやいや、仮にも‘気配隠し’使ってるやつの気配なんて気づくか普通!野生の魔物だってもう少し勘は鈍いぞ!これからは彼女にも警戒した方がよさそうだな)』

そんなことを考えながら歩く人間はまた街中に消えていった。

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