終章

 あのカノン誘拐事件から約半年が経ち、転生してから三度目の新年を迎えて数日が経った。

 あれからは何事も無く、変わらず依頼をこなしお金を稼ぎ、適度に休む、しかし魔法の鍛錬は欠かさないという毎日を過ごしていた。

 今日も今日とて、ギルドへ足を運ぶ。


「あっ、そういえば」

 急にエルナさんが手を合わせて声を上げるので、猫だましを食らったように一瞬身をこわばらせてしまった。

「な、なんですか? 」

「はい、ええと、なんと言いますか……あの、カノンさんを攫った三人のことなんですけど……」

 エルナさんが言い難そうに目をそらしながら言った。

「ああ……」

「その、一応言っておいた方が良いかなと思いまして」

「何かあったんですか? 」

 もったいぶるエルナさんに首を傾げ先を促すように問う。

「はい。王都での審判も終わり事情聴取をしたところ、長髪の少女行方不明事件の犯人だったことがわかりました。それと、その人たちはアルさんが掃討した盗賊団の残党だったようで……カノンさんを狙ったのは仲間の敵討ちみたいなものもあったようです」

「なるほど」

「それで、えっと……」

「まだ何かあるんですか? 」

「あっはい。それがですね、事情聴取で聞き取れたことがそれしかなくて、それからもずっと聴取を続けていたらしいんですが、ある日すっぽりと記憶が無くなったかのようにアルさんたちとの間にあったことだけを忘れたらしいんですよ」

「へぇー不思議なこともあるんですね」

 他人事のようにアルが答えると、エルナさんがじっと見つめてきた。

「どうしたんですかエルナさん。私の顔に何かついてます? 」

「いえ、何もついてませんよ。ただ、アルさんがまた何かしたんじゃないかと思いまして」

「ええっ!? 何もしてないですよ! 本当に何もしてないです! 完全な冤罪! 濡れ衣です! 」

 本当に心当たりが無いが、やろうと思えばできてしまうので思わず必死に抗議してしまう。

「はい。わかっていますよ。犯人に慈悲を与えるアルさんが、記憶を消すなんてそんな非人道的なことするとは思っていません。ちょっとした冗談です」

 クスクスとエルナさんが楽しそうに笑っている。こっちは笑い事じゃすまないと言うのに……。

 そう、アルは戦闘が終わって目覚めた後、犯人の男三人に応急処置だけ施しておいたのだ。その後ギルドに報告して、犯人の身柄が確保されたというわけだった。まぁ自分の手で人を殺めてしまうなんて寝覚めが悪くなるだけだろうし。

 しかし、人がちゃんと命を救ったのに、記憶をなくすなんて……まぁ考えても仕方ない。

 アルが内心考えていると、ギルドのドアベルが鳴った。

 ドアの方に目を向けると、そこには天使が立っていた。

「カノン遅いよー。また夜遅くまで何か読んでたでしょ? 」

 ゆっくり歩いてくる天使――カノンにアルは頬を膨らませながら、朝いくら呼びかけてもむにゃむにゃ言って起きなかった理由を問いただす。

「おはようアル、エルナ。今日もいい天気だね」

 完全無視された。

「もう! 聞いてるの? 」

「聞いてる聞いてる。アルの言う通りちょっと勉強してたの。……別にアルの寝顔が見たかったからとかじゃないから」

 後半はもごもご言ってて聞こえなかったけれど、いつも通り本を読んでいて寝る時間が遅くなったらしい。本を読むのが好きなのは全く変わっていない。

「ふふっ、おはようございますカノンさん。相変わらず仲がいいですね二人は」

 すごい聖母のような微笑みを向けられた。超まぶい。灰になって消えそう。

 とそんなことを思っていると、エルナさんがポンッと手を打った。

「あ! そういえば」

 なにか思い出したようなエルナさんに、首を傾げ頭にクエスチョンマークを浮かべながら視線を向ける。

「勉強と言えば、アルさんたちは王都へは行かれないんですか? 」

 急に王都へ行かないのかなんて言われても、特に何も予定は無いし心当たりも無いのでクエスチョンマークを浮かべ続けるしかなかった。

 エルナさんが頬を掻きながら冗談っぽく笑って続ける。

「その……先月カノンさんが誕生日を迎えられて十五歳になりましたよね。ですから、王都の魔法学園には通わないのかなぁと。まぁ、お二人なら行く必要も無いくらいお強いですけど……」

「「あっ!! 」」

 アルとカノンの声が見事にぴったりと重なった。

「完全に失念してた……」

「私は忘れてないけど、正直エルナさんが言うまで気にしてなかった」

「それ、つまりは忘れてたってことだよね!? 」

 指摘すると、カノンは小さく舌を出して誤魔化してきた。前と比べて随分お茶目になったものだ。そんなところも可愛い。

「えっ!? えっ?! あの、お二人とも本当に魔法学園へ行かれるんですか!? この話を持ち出しておいてこんなことを言うのは違うかもしれませんが、アルさんたちは十分強いですから学園へ通わなくても良いのでは? 」

「それでも行くよ! 」

 屈託のない笑みを浮かべてアルは答えた。

「ど、どうして? 」

 そんなエルナさんの問いにフッと目を閉じ、次の瞬間盛大なドヤ顔を浮かべて。

「そんなの決まってる――――学園青春モノはロマンだからだよ!! さあカノン、入試に合格するための勉強しに帰るよ!! 」

「よくわからないし、私は多分もう勉強すること無いと思うけど、おー」

 エルナさんの声にも耳を貸さず、カノンの手を問答無用で取って、アルはギルドを飛び出した。

「私は好きなように生き抜くよ! 」

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転生吸血鬼ちゃんはチートスキルで好きなように生き抜きます!! 或守 光 @Light_4rs

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