第十六話 帰還
「ぅん……ここ、は……? 」
「あ、アル起きた。おはよう」
目を開けて天井が映ったと思ったら、上から覗き込むようにカノンの顔が現れた。
そして後頭部にはなんとも言葉に表しがたい、しかしとても慣れ親しんだような柔らかい感触。
「まさかこれは――」
アルが寝起きの開ききっていない眼をカッと開眼した。
「――伝説の生足膝枕!! 説明しよう! 伝説の生足膝枕とは、登場する際九割がたタイツやニーソを履いているヒロインが、主人公を慮って膝枕をしてくれるシーンで、たまたまタイミング的にそのキャラが生足のまま膝枕をしてくれる奇跡が重なったレアイベントのことを言う!! 」
「アル、何言ってるの? 起きたなら早くここを出よう? 」
カノンに不思議な顔して言われてようやく現在の状況を思い出した。
「ああ、そういえばカノンを誘拐した奴と戦って、そのあと隕石消し飛ばして、あり得ないくらい魔力使って、それから――気絶したのか、私」
おそらく魔力の使い過ぎというところだろう。魔法消去を使う前にも移動や戦闘で魔力は使っていたし、あんなにたくさんの魔力を消費したのは初めてだったから、仕方ないのかもしれない。
「うん。急に倒れた時はびっくりしたけど、普通に寝息立ててたから安心したよ――」
カノンが胸を撫で下ろしながら言って。
「――ところでアル、何してるの? 」
「すーはー。ん? これはね、心身ともに疲労したから、カノニウムを摂取する行為であるカノン吸いをしているに過ぎないのですよ。すーはー気にしないでなのですよ。すーはー」
猫を飼っている家庭ならわかるだろう。こう、猫吸いをするのと何ら変わりない。
まぁ絵面的にはかなりアウトで、少女の太ももに顔をうずめて深呼吸するただの変態なんだけれども。
「ア、アル……」
「ん? 」
呼ばれ、うつぶせ状態だった身体を仰向けに戻して、下からカノンの顔を覗き込む。
「あの、その…………は、恥ずかしいから……」
いっつもクールな顔して、最近はアルをからかうまで至ったカノンが、耳まで真っ赤にして、顔を手で覆い、か細くそう呟いた。
「あ、はい」
そんな様子を見てから、今更ながらにとんでもないことをしたんじゃないかと思い、太ももから離れる。
「それは反則……私、極刑ものでしょ……」
片手で顔を覆いながら小さく呟いたアルの顔は、沸騰しそうなほど熱くなっていた。
一旦心を落ち着かせてから(心を落ち着かせる一旦のために数分を要したけれど)、ひとまず洞窟の外に出た。
「うわぁ……」
「おぉ……」
二人は外に広がる景色を見て感嘆の声を漏らした。
夏空の下パラパラと季節外れの雪が舞い、陽光の光に反射して幻想的に煌めいている。
「綺麗だねぇ」
「うん」
「これが噂に聞くダイヤモンドダストってやつかな? いや違うかな? 実際には見たこと無いからわかんないけど」
「うん? 」
「まぁ綺麗だからいっか」
「うん」
カノンが頷くだけのマシーンと化してしまった。カノンの方に目を向けると、案の定この景色に魅入っている。
「あ、いいこと思いついた」
呟いてカノンの後ろに素早く移動する。陽の光を背景にカノンを照らして、その周りを雪が輝いている。
「カノン」
「あ、なっ何? 」
呼ばれてようやく意識が戻ってきたらしい。慌ててこっちを振り向く。
パシャッ。
音がした。カノンが、アルが抱えているものを見て不思議そうに目を丸くしている。
「アルそれ何? 」
「んー? これはねぇ、カメラって言うんだよ。思い出の一瞬一瞬を画にして大事に保存できるの」
カノンが近づいてきて物珍しそうな目をしながら、カメラの画面をのぞき込んでくる。
そこに映っていたのは、神秘的なカノンの写真だった。後光に照らされながらこちらを振り向いて微笑んでいる。まるで妖精のような天使のような……。ふふっパジャマ姿なのがまた、味だろう。
「うん。よく撮れてる」
「な、なんだかいたたまれない……」
カノンが自分が写った写真から目をそらしながら、そわそわしている。
「そう? 綺麗だし可愛いじゃん。写りもいいし、あとでプリントして部屋に飾ろうかな」
「部屋に飾るってどうやって……って、そうじゃなくて、どうせならもっとちゃんとした姿を撮って欲しかった」
あからさまにカノンが肩を落としている。そんなに悪くない写真だけれど。
「ちゃんとした姿って何? 今でも充分可愛いよ? 」
「そうじゃなくて……むぅ、なら私がアルを撮ってあげる! 」
カノンがカメラを奪おうと手を伸ばしてきたので、その手をスルリと躱す。
「それなら一緒に撮ろうよカノン」
「だ、だったらなおさらちゃんとした服に着替えてからじゃないとヤダ」
「うーん……ちゃんとした服って、今のじゃダメなの? 」
「ダメだよ! パジャマで外にいるっておかしいでしょ? 」
ようやく理解できた。確かにパジャマで外にいるのは違和感ある。それがいいとも思ったけれど、アルと並ぶのならさすがに浮いてしまうだろう。
「なら、これでいいよね」
パチンと指を鳴らすと、カノンの服がみるみるうちにその形を変えていく。
ワイシャツにネクタイ、その上にベストを着て、膝丈のスカートに黒タイツを履き、最後に白衣を羽織っている。二年前より体は成長していて、もちろんそれに合わせて微調整している。
白衣は前をこじ開けて、大きくなった胸元がべストによって強調され、だいぶ主張が激しい。
「うん。ありがとうアル。やっぱりこの服が一番馴染むね」
「そう? ならよかった。それじゃあカノンこっち寄って」
「うん」
「もっと」
「このくらい? 」
「うん。それじゃあ笑って」
少し傾けただけで頭同士がコツンとぶつかる距離まで近づいて、ニコッと笑う。
自然な笑顔は可愛いけれど、やっぱりカノンは笑顔を作るのは苦手らしい。実にぎこちない笑顔になっている。
でも、それも悪くない。
「いくよー。はい、ちーず」
パシャリ。
太陽を背景に新しい一枚の思い出ができた。
「それじゃあ、そろそろ帰ろうか」
「うん。帰ろう」
今度は離れないと二人手を繋ぎ、エストに向かって夏の雪が降る森の中を歩き出す。
◇◇◇
飛行魔法も風魔法も使わずゆっくり歩いていたからか、エストへたどり着いた今、辺りはすでに真っ暗だった。街中にまばらにある街灯だけが頼りだ。
「んー、やっと帰ってきた! 」
「うん。帰ってきたね」
伸びをして身体から力が抜ける。
初めて来たときには物騒そうな街だと思っていた冒険者の街が、いつの間にかこんなにも落ち着ける、自分たちが帰る
「さて、もう宿に帰りたい気持ちは山々だけど、まだ行くところがあるからそっち行こうか」
「行くところって、どこ行くの? 」
カノンが首を傾げてこっちを見てくる。ヴッ――暗いはずなのに太陽並みに眩しい可愛さ、灰になりそう。
頭を振って雑念を吹き飛ばす。カノンと向き合い、優しい笑みを浮かべて。
「それはもちろん、私達を待ってくれてる人の所にだよ」
そう、皆の太陽であり私達のアイドルである天賦の天使カノンを助けるために、自分の血まで分けて力を貸してくれたあの人の所に。
「あっ!! 」
ギルドに入った途端、そんな声と共にこっちに向かって走ってくる足音が聞こえた。
「ガノンざん、アルざん、ぶじだっだんでずね! よがっだぁ~」
走ってきたのは、思った通りエルナさんだった。泣きながらカノンに抱き着いて頬ずりしている。
「じんばいじでだんでずよぉ! ずずっ、アルさんが、足早いとか言って出てったキリ全然帰ってこなくて、あのカノンさんがやられるくらいですからアルさんももしかしたらって思って……」
目を腫らして鼻を真っ赤にしながらエルナさんが言ってくる。よっぽど心配していたんだろう。周りを見渡すと、そんな光景を皆安心した目で眺めているようだった。
「ごめんねエルナ、心配かけて」
「本当ですよぉ、すん……すっごく心配したんですからね! 」
カノンから離れてエルナさんが目元を拭いながら言う。眉間にしわが寄っていて、まだ泣きそうなのを我慢しているように見えた。
そんなエルナさんの手を取って、アルはまっすぐエルナさんの目を見る。
「エルナさん、私達は何があってもエルナさんの前から何も言わずにいなくなることはありません。前に言いましたよね? 」
「あ……」
エルナさんも覚えていてくれたようだ。二年前、アルたちが初めてギルドの依頼を受けた時、そんな会話をした。
「改めて約束します。エルナさん、私達は絶対に、何も言わずにあなたの前からいなくなったりはしません。絶対に帰ってきます」
「っ……はい……」
エルナさんがまた泣きそうな顔になる。泣いてしまう前に言ってもらわないといけない。
「だからエルナさん、私との約束守ってもらいますよ? 」
「え……? 」
何か約束したかと言うような、まん丸い目を向けられた。
「私がここを出る前に言ったこと、覚えてますか? 」
アルが言うと、エルナさんは「あっ! 」と何かに気づいたように目を見開いた後、滲む涙をまた拭いて。
「おかえりなさい、二人とも!! 」
今までで一番良い笑顔で迎えてくれた。
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