第十四話 チート
暴風が収束し風の繭を作る。そして弾けた。
風が霧散しそこに現れたのは、濡れ羽色の髪に黒瑪瑙の瞳の綺麗にメイクをしたお姉さんだった。
「あら? ここはどこかしら。まさかゲブラーちゃんが悪戯で飛ばしたとか言わないわよね? 」
長いウェーブのかかった髪を揺らして振り向く。お姉さんと目が合った。
「あら? あなたは誰? こんなところで何してるの? 」
平然とした顔でそんなことを聞いてくる。
「それはこっちのセリフ。あなた誰? そいつらの仲間? 」
さっき倒した男が持っていた水晶が砕けた影響で現れたのは明らかだ。警戒しないわけが無い。
「そんな目を向けられると怖いわ……って、あら? 白髪に紅眼どこかで……」
お姉さんが遠目でじろじろと見てくる。遂に思い至ったのかポンッと手を打った。
「そうそう、思い出したわ。あなた――ターゲットの吸血鬼ちゃんね」
「消えて」
言うと同時頭上に無詠唱で作った巨大な火球を問答無用でお姉さんに向けて落とす。
「あらあら、お姉さん大ピンチ? 」
お姉さんが頬に手を当てながら落ちてくる火球を眺めている。
「こういう激しいのもお姉さん嫌いじゃないけど、あまり好みじゃないわ」
言いながらお姉さんは頬に当てていた手をピストルの形にして火球に向けた。
「
風を纏った水が火球と衝突し、打ち消した。
「私の魔法を……打ち消した? 」
吸血鬼として生まれ、もともと常人より圧倒的に高いアルのステータスはこの二年間で五十レベルを超え、知力値は一万を超え魔力値に至っては七万を超えている。魔法の威力でアルに勝つなど普通はあり得ない。打ち消せるはずもない。
「そんなに意外だったかしら? 炎に対する弱点属性を二属性使ったんだから普通じゃない? それより、あなたの魔法の方がおかしいわよ。私の魔法も消されちゃうなんて」
「属性を二種? それも同時に? 」
この世界では魔法の並列使用は同じ属性でも違う属性でもできないはず。アルでさえ多重詠唱のスキルを創り、ようやくできるようになった。
アルの魔法を打ち消し、さらには世界の法則を無視しているこの女性は一体。
「ああ、そういえばまだ自己紹介していなかったわね」
お姉さんは恭しくお辞儀して自己紹介してくれる。
「お姉さんはビナー。
最後には可愛くウィンクまで。
「それって、勇者の伝説に出てくる……」
「ええ、そうよ。今では使えるものが誰もいないはずの魔法。属性魔法をいくつも混ぜ合わせ使用する、
「なんで、それを……」
「別に、おかしくは無いはずよね? だって――あなたも使えるでしょう? 魔法亡失」
アルは心臓を掴まれる感覚を覚えた。今まで隠していたはずだ。戦闘に魔法亡失を用いたのも今日が初めてだった。
「なんでそのことを知っているのか? 見たいな顔ね。ふふ、それはね――」
人差し指を立てた右手を、口紅の塗った唇の前まで持ってきて。
「――企業秘密♪ 」
当然言うわけない。そこらの雑魚モブではない、流石はネームドと言ったところか。
ビナーが世界の法則を無視して魔法を並列使用したわけじゃなく、混合魔法を用いて二属性の魔法を同時に使用したのはわかった。でも、魔法亡失が使える理由とかは絶対教えてもらえないだろう。この人はふわっとしているけれど、口の堅いタイプに見える。これ以上は言葉を交わしても意味は無さそうだ。
「そう。それで、ビナーさんは私が目的なんだよね。そこに転がってるやつの雇い主だったりするの? 」
アルが聞くと、足元に横たわる力尽きた男を見て、今更気づいたのか目を丸くしている。
「あらーそういうことだったの。完全に理解したわ。ここに転移したのはゲブラーちゃんの悪戯じゃなかったのね。うーんそうねぇ……まぁ確かに、この人たちを雇ったことになるのかしらね」
「そう。なら、消えて」
それだけ零して再び火球を落とす。
「もう、また同じ攻撃なの? あなたの上級魔法桁違いに強いから対抗するのにも結構魔力使っちゃうのよね」
「え? これ初級魔法だけど」
「へ? 」
ビナーが目を点にして首を傾げながら、
「これが、初級魔法? 」
「……うん」
本当に戸惑っているようで思わず普通に頷いてしまった。
「こ……こんなのチートよチート! これが初級魔法!? どんなに頑張っても初級魔法でこんな威力出るわけないじゃない!! お姉さんでもそんなステータスしてないわよ!? もう! こんなの私じゃ勝てっこないわよ。どうして私なのかしら……せめてコクマーちゃんもいれば……」
ビナーが取り乱してブツブツ言い始めるけれど、彼女が雇い主ならば容赦する理由はない。
「
「あっ」
炎魔法は防がれてしまうから、今度は闇属性初級魔法を放つ。
五つの闇の塊が猛スピードでビナーに迫る。
「
目前まで来ていた黒閃弾を、ビナーが急いで超硬度の壁を造りあげ防ぐ。しかし、防げたのは三つのみで残り二つは軌道を変え、ビナーを追撃する。
「魔力制御できればこれくらいはできるからね」
「もう! だからチートだって言ってるでしょー! 」
風魔法を纏いながら走って逃げるビナーが叫ぶ。すると、どこからともなく現れた二匹の狼がビナーの身代わりになるように、黒閃弾に貫かれ消滅した。
「なっ!? シルバーウルフ!? 」
急に現れたのは、駆け出しの冒険者でも倒せる低級の魔物であるシルバーウルフだった。
あまりにも急で不自然極まりない。それに、ビナーを守った動きも解せない。
「まさか、
また魔法亡失だ。
「イェソドちゃん来てくれたの! よかったぁ……お姉さん一人じゃ本当に大変だったよぉ」
ビナーが安心したと言うように胸を撫で下ろすと、無数のシルバーウルフが現れ、ビナーを守るように前に立った。
「なんでまた魔法亡失の使い手が……しかも姿が見えない」
索敵魔法を展開して見てみても、赤いアイコンが多すぎて全てを確認している余裕はない。
「それじゃあ今度はお姉さんの番ね」
言って、いくつもの属性魔法、しかも混合魔法でミックスされた魔法をいくつも放ってきた。さらにシルバーウルフまで迫ってくる。
「くっ……! 」
黒薔薇の剣と白百合の剣を引き抜いて構え、クロでシルバーウルフを、シロで魔法を器用に斬り伏せていく。やはり、剣術双剣術スキルがあるだけで動きに補正がかかり戦いやすい。
「何その剣! それもチート能力なの!? むぅこうなったら……」
頬をむくれさせながらも、ビナーが再び魔法を放つ。
もちろんそれをシロで迎えうち、魔法を斬る。
瞬間、斬った魔法が爆発した。
「ケホッケホッ……なっ、爆発? 」
「そうよ。混合魔法を使えばこれくらい簡単よ。それじゃあ吸血鬼ちゃん、頑張って避けてね? 」
ビナーが絶え間なく魔法を放ってくる。シルバーウルフも止まることなく迫ってきている。完全に後手に回り始めた。
「仕方ない――
アルが呟くと、辺り一帯に光の光線が降り注ぎ、シルバーウルフを掃討した。
「……本当に、吸血鬼ちゃん強すぎない? 初級とは思えない炎魔法、遠隔操作できる闇魔法に今度は広範囲の光属性上級魔法って……はぁ――それじゃあ埒が明かないし時間も無いから、そろそろ幕引きにしましょう。ね? 吸血鬼ちゃん」
途端、風が巻き起こる。
ビナーの周りに雷光が奔り、重圧が肌をピリピリさせる。。
「この一撃で決着をつけましょう」
「……望むところ」
対抗するようにアルも右手を上に向ける。
「
頭上に極大の白焔が渦巻く。
「
ピストルの形をした指先に虹色に輝く魔力の塊が揺れる。
どちらからともなく魔法を放った。
二人の中心でぶつかり合い、その衝撃が頬を撫でる。
「ううううううぅぅぅぅぅぅ! 」
「はああああぁぁぁぁ! 」
中心でしばらく均衡状態が続いていたけれど、アルの放った獄炎が段々と押していく。
「ううぅ……これで無理なら、流石に――! 」
遂に獄炎が押し切り、ビナーを白焔が包み込んだ。
白い炎が消えるとそこには何も、塵一つも残っていなかった。
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